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【戦国こぼれ話】織田信長が天下人になった秘密は、堺の商人・今井宗久を配下に収めたことにあった

渡邊大門株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
中世において、堺は商人の町そして自治都市として大いに栄えた。(提供:nozomin/イメージマート)

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廃棄せざるを得なくなったという。次回から、しっかりしてほしい。ところで、堺といえば商人の町であり、織田信長を支えたことで知られる。その実態を探ることにしよう。

■堺の商人・今井宗久とは

 堺の商人として知られる今井氏は、大和国今井荘(奈良県橿原市)の出身といわれている。青年期の今井宗久(1520~93)は堺の豪商・納屋宗次の家に身を寄せ、のちに独立して納屋業を営むようになった。

 納屋業とは、海浜に納屋という海産物などを保管する倉庫を設け、これを貸し付けて利潤を得る業態のことを意味する。現代でいうならば、倉庫業になろう。

 なお、宗久は堺の豪商・武野紹鴎の女婿として、数多くの茶の名器を譲り受けたといわれている。

■堺の商人と織田信長

 永禄11年(1568)9月に織田信長が上洛した際、摂津・和泉に矢銭(やせん)を賦課した。矢銭とは、戦国時代に大名が課した税の一種であり、軍用金に充てられていた。

 室町時代以降、戦争時に軍用金や軍用米に充当するため兵粮料所(ひょうろうりょうしょ)が設定されていたが、設定は恒常化する傾向にあり、新たに軍事費用を徴収する必要が生じた。そこで、登場したのが矢銭なのである。

 同年、信長は堺の会合衆(かいごうしゅう)に対して、2万貫の矢銭を要求した。2万貫は今の貨幣価値に換算すると約2億円という大金で、応じなければ堺を攻撃するとの脅しもあった。会合衆とは都市の自治組織を指導した豪商たちのことで、その合議により市政が運営されていた。

 大坂本願寺は信長の脅しに屈して、5千貫(約5千万円)という大金を信長に支払っていた。これで、大坂本願寺はことなきを得ていた。むろん堺の会合衆のなかでも、払うべきか拒否するべきか意見が分かれたが、結局は支払い拒否を決意して、信長との全面対決に臨もうとしたのである。

■宗久の直談判

 ところが、今井宗久は密かに堺を抜け出すと、信長に面会を求めた。宗久は信長と面会した結果、矢銭の支払いに応じるよう会合衆の説得に乗り出したのである。

 宗久の説得により、会合衆は信長に2万貫を支払い、大きな被害を回避できた。尼崎(兵庫県尼崎市)では支払いを拒否して焼き討ちにされたのだから、堺の人々は九死に一生を得たことになろう。

 以後、宗久は信長に気に入られ、御用商人としてさまざまな特権を得た。御用商人とは戦国大名が抱えた商人のことで、種々の特権を与えて利用していた。

 宗久は信長の御用商人になることで、淀川の通行権、摂津五ヵ庄の塩・塩合物(塩漬けの魚)の徴収権と代官職を獲得し、生野銀山(兵庫県朝来市)など但馬国の銀山の支配を任されたのである。

■堺と鉄砲

 さらに、宗久は代官領に河内鋳物師ら吹屋(鍛冶屋)を集め、鉄砲や火薬製造に関わることで、堺における確固たる地位を確立した。

 当時、鉄砲といえば、近江の国友村(滋賀県長浜市)が一大生産地だった。しかし、すでに16世紀の半ば頃に堺では鉄砲が作られ、ときの将軍・足利義輝に献上されていたといわれている。

 信長が大坂本願寺と戦っているとき、堺の鉄砲は大坂本願寺が用いていた。信長は堺の鉄砲の高性能に目を付け、堺の支配を目論んだといわれているほどだ。

 特に、海外からの原料で生産される火薬の販売は、宗久に巨万の富をもたらしたといわれている。海外からもたらされた鉄砲は、宗久が取り扱う主要な商品の一つでもあったのだ。まさしく宗久は、堺を代表する豪商の一人といえよう。

■その後の宗久

 宗久は茶道にも深く傾倒しており、千利休、津田宗及らとともに、茶人として信長の茶頭を務めていた。天正10年(1582)6月の信長の死後、宗久は羽柴(豊臣)秀吉に仕えた。

 なお、宗久が亡くなったのは、文禄2年(1593)である。

株式会社歴史と文化の研究所代表取締役

1967年神奈川県生まれ。千葉県市川市在住。関西学院大学文学部史学科卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。大河ドラマ評論家。日本中近世史の研究を行いながら、執筆や講演に従事する。主要著書に『大坂の陣全史 1598-1616』草思社、『戦国大名は経歴詐称する』柏書房、『嘉吉の乱 室町幕府を変えた将軍暗殺』ちくま新書、『誤解だらけの徳川家康』幻冬舎新書、 『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』柏書房、『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』星海社新書、『関ヶ原合戦全史 1582-1615』草思社など多数。

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