【先取り「鎌倉殿の13人」】北条時政と妻の牧の方が、娘婿を新将軍に擁立しようとした顛末

牧の方を演じる宮沢りえさんは、今やベテランの大女優だ。(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 来年放送される大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は、次々とキャストが公表され、強い関心をお持ちの方も多いだろう。前回、北条時政を取り上げたが、その妻が牧の方である。いわゆる牧氏の変について考えてみよう。

 ドラマで牧の方を演じるのは、宮沢りえさんだ。宮沢りえさんは「春日局」(1989年)で初めて大河ドラマに出演し、以降「江~姫たちの戦国~」(2011年)まで計5回も登場したベテラン女優だ。

■牧の方とは

 牧の方は生没年不詳。北条時政の後妻である。その父は牧宗親といい、駿河国大岡牧(静岡県沼津市)を知行していた。なお、宗親は平頼盛に仕えていた。頼盛の母・池禅尼は宗親のきょうだいといわれているので、牧の方はその姪になる。

 時政の妻はのちに源頼朝に敵対した伊東祐親の娘だったこともあり、牧の方は後妻に収まった。しかし、先妻の子だった政子や義時は、牧の方との関係が良くなかったといわれている。

■牧氏と北条政子との関係

 牧の方と政子の仲が良くなかったことは、ある事件によって知られている。寿永2年(1182)11月、牧の方は頼家を生んだばかりの政子に対して、政子の夫・源頼朝が愛人の亀の前とただならぬ関係にあることを伝えた。

 この話を聞いた政子は激怒し、牧宗親(牧の方の父)に亀の前の住む屋敷(伏見広綱の邸宅)を破却するよう命じた。その結果、亀の前は鐙摺(神奈川県葉山町)の大多和義久邸へ逃げこんだのである。

 逆に、怒り狂ったのが頼朝だった。頼朝は宗親を呼び出すと、その髻を自らの手で切ったのである。髻を斬ることは、武士に対する最大の恥辱だった。

 時政は、頼朝が妻の父である宗親に恥辱を与えたので、兵を伊豆に引き上げた。また、怒りが収まらない政子は、伏見広綱を流罪として遠江国に流したという。

 この事件の結末は伝わっていないが、単に頼朝の浮気がばれて騒動になっただけでなく、北条一族をも巻き込んだ無視できない事態になったのはたしかである。

■牧氏の変とは

 元久2年(1205)6月、畠山重忠事件が勃発した。この事件は、重忠の子・重保が平賀朝雅と対立して謀反の嫌疑を掛けられ、三浦義村に殺されたことに端を発する。朝雅は、時政の娘婿だった。

 重忠は何も知らず鎌倉に向かったが、すでに謀反の疑いにより、討たれる運命にあった。結局、重忠は二俣川で北条義時の軍勢と戦い、無念にも敗死したのである。

 その直後の同年閏7月、時政と牧の方は結託して、3代将軍の実朝を廃し、新たに新将軍として朝雅を擁立しようとした。2人は、幕府を乗っ取ろうとしたのだろう。しかし、この計画は政子と義時にすぐさま露見した。

 政子と義時は、実朝を義時邸で匿うと、有力御家人の大半を味方につけた。孤立無援となった時政と牧の方の計画は、無残にも失敗したのである。

 その結果、時政と牧の方は出家して伊豆での幽閉を余儀なくされ、京都守護だった朝雅も幕府の命で殺害された。これにより、時政と牧の方が表舞台に返り咲くことはなくなった。

 つまり、牧の方は単なる脇役ではなく、ドラマの中で重要な役割を担うのは言うまでもない。宮沢りえさんがどのように演じるのか、今から興味津々である。