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【戦国こぼれ話】毛利家の参謀だった僧侶の安国寺恵瓊が関ヶ原合戦で陥れられ、悲惨な最期を遂げたという話

渡邊大門株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
毛利輝元は安国寺恵瓊を政僧として召し抱えたが、関ヶ原合戦の直前で裏切った。(提供:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 コロナ禍においては、戦国時代のように各地の寺社で僧侶による疫病退散の祈禱が行われた。戦国時代の僧侶としては、毛利家の参謀だった安国寺恵瓊が有名である。恵瓊は、なぜ関ヶ原合戦で陥れられたのか。

■先見性があった安国寺恵瓊

 安国寺恵瓊の生年は不明であるが、安芸国守護の武田氏の出身であるといわれている。幼い頃に安芸の安国寺に入寺し、やがて毛利氏に仕え、政僧として毛利氏の参謀的な役割を担うようになった。

 天正元年(1573)に織田信長と足利義昭が決裂すると、信長と配下の羽柴(豊臣)秀吉の将来を次のように予言して見せた(「吉川家文書」)。

「信長之代、五年、三年は持たるべく候。明年辺は公家などに成さるべく候かと見及び申候。左候て後、高ころびに、あおのけに転ばれ候ずると見え申候。藤吉郎さりとてはの者にて候」

 信長の代は3~5年は続き、翌天正2年(1574)には公家になるだろうが、その後は転落するだろうと恵瓊は考えた。一方、秀吉については躍進すると予想したのである。この8年後、信長は本能寺の変で斃れ、代わりに秀吉が登場したのだから、恵瓊の予言は当たったといえよう。

 秀吉が天下人に躍り出て以降、恵瓊は毛利氏と秀吉の両方に仕えた。恵瓊は秀吉の指示に従い、文禄・慶長の役に出陣したほどである。

■関ヶ原合戦はじまる

 慶長3年(1598)8月に秀吉が病没すると、徳川家康がにわかに台頭した。家康に対抗すべく、兵を起こしたのが石田三成と毛利輝元である。そして、恵瓊も西軍に身を投じ、関ヶ原合戦では、中心的な役割を果たすことになったのである。

 慶長5年(1600)の関ヶ原合戦において、毛利輝元は実質的な総大将の地位にあった。生前の秀吉は輝元に西国方面を任せるほど信頼しており、輝元はその遺命に応えたのである。

 しかし、輝元自らはついに関ヶ原に出陣することなく、大坂城にとどまることを選択した。関ヶ原現地で采配を振ったのは、石田三成と五大老の一人・宇喜多秀家である。毛利家の一族から現地に派遣されたのは、毛利秀元と吉川広家であった。

■土壇場で裏切った輝元

 ところで、輝元は総大将に担ぎ上げられたものの、最後の最後まで西軍に留まるべきか、東軍につくべきか悩んだようである。

 しかし、本心は東軍にあったと考えざるを得ない。ここに徳川方の本多忠勝・井伊直政が毛利方の吉川広家・福原広俊に宛てた、9月14日付の連署起請文がある(「毛利家文書」)。9月14日は関ヶ原合戦の前日のことであり、起請文には次の3つのことが記されていた。

(1)輝元に対して、家康は疎かにする気持ちがないこと。

(2)吉川広家・福原広俊も家康に忠節を尽くしているので、同様に疎かにする気持ちがないこと。

(3)輝元が家康に忠節を誓うのであれば、家康の判物を送ること。また、輝元の分国については相違なく安堵すること。

 この起請文を見ればわかるとおり、輝元は家康と密約を交わしていた。そして、戦いの前日には、毛利家が戦わないことは決まっていたのである。

 おそらく広家は、輝元と連絡を密にしながら、この起請文を徳川方と取り交わしたのであろう。同じ内容のものは、吉川広家にも宛てられたことを確認できる(「吉川家文書」)。

 実際のところ、輝元は石田三成から熱心に誘われ、西軍に与せざるを得なくなった。その間、激しい調略戦が行われ、徳川方からも味方になるよう説得された。その結果、輝元は家康方に転じたのである。

■西軍の敗北と恵瓊の死

 関ヶ原合戦の結果は周知のとおり、西軍の無残な敗北に終わった。敗北の要因は小早川秀秋の裏切りなどが決定的であったかもしれないが、実際には輝元がそれほど戦いに積極的でなかったことがもっとも影響した。

 恵瓊は関ヶ原から離脱して逃亡したが、やがて徳川方に捕らえられ、石田三成、小西行長らとともに斬られた。さすがの恵瓊も自分の運命はわからなかったようだ。

株式会社歴史と文化の研究所代表取締役

1967年神奈川県生まれ。千葉県市川市在住。関西学院大学文学部史学科卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。大河ドラマ評論家。日本中近世史の研究を行いながら、執筆や講演に従事する。主要著書に『大坂の陣全史 1598-1616』草思社、『戦国大名は経歴詐称する』柏書房、『嘉吉の乱 室町幕府を変えた将軍暗殺』ちくま新書、『誤解だらけの徳川家康』幻冬舎新書、 『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』柏書房、『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』星海社新書、『関ヶ原合戦全史 1582-1615』草思社など多数。

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