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謝罪しなかった報道ステーション:新型コロナウイルス感染は「恥」ではない

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
写真はイメージ:報道関係者は今日も仕事を続けている(写真:アフロ)

■報道ステーションのメインキャスター富川悠太さんが新型コロナウイルスに感染

テレビ朝日報道ステーションのキャスター、富川悠太さんがコロナに感染したことが、先週末わかりました。月曜日の番組は、念のため他の出演者も自宅待機です。

そして全スタッフも自宅待機。月曜日の番組は、他の番組からのスタッフを急遽かき集めて、放送されました。

番組冒頭、メインキャスターの感染発覚を、番組では次のように伝えました。謝罪はなしです。

■病気を謝罪する意味

悪いことや、ミスをして相手に迷惑をかければ、謝罪は当然です。しかし日本人は、さらにいろいろな場面で謝ります。それが、日本の文化です。

日本人の「謝罪」自体は、悪くはないと思います。大リーガーの元選手松井秀喜さんが、ケガをした時、積極的プレーでケガをしたのに、彼は謝罪しました。

このときアメリカ人はとても驚き、松井選手の誠実な態度に大きな感銘を受けたと報道されました。

しかし、日本文化におけるこのような不祥事ではない謝罪は、先方からの許しが前提です。「すみません」と言われれば、恐縮して「いえいえとんでもない」です。

ケガをしてチームに迷惑をかけたこと、試合に出られなくてファンの期待に応えられないことへの謝罪です。

ケガをしたこと自体が、恥ずべき悪いことで、その積極プレーを否定する意味で謝罪しているのではありません。

■新型コロナウイルスの「恥」

多くの人が思ったことでしょう。地域で最初の感染者にはなりたくないと。また、会社や店での第一号感染者にはなりたくないと。

これは、病気で苦しむのは嫌だとか、ウイルスを持ち込まないようにしようという意味だけではなく、目立つことを恐れたのだと思います。

もし自分が感染第一号になったりしたら、どれほど周囲から責められ、恥をかくことになるか、それを恐れたのではないでしょうか。

周囲に迷惑をかける申し訳なさは、悪いことではないと思います。しかし、第一号にはなりたくないという思いは、容易に第一号を責めることにもつながるでしょう。

新型コロナウイルス肺炎で家族を亡くした人は、その事実をなかなか周囲には言えません。死別の悲しみで苦しみ、悲しみをみんなに共感してもらうことができない孤独で苦しみます。

感染者を責めるような態度の問題は、すでに指摘されています。

感染者たたき、感染者の謝罪は自分たちの首を絞める 岩田教授に聞く「誰でも感染する」怖さ:Y!

感染を隠すべき恥と考えてしまうのは、人権問題であり、そしてそのために隠蔽が起これば、感染拡大にもつながってしまうでしょう。

■罪と恥

感染者や感染者の組織を責め立てる態度は、いくつも見られます。感染者を出した大学に、「殺す」「火をつける」といった脅迫めいたメールや電話もきました。

院内感染を発生させた病院も、文句の電話が鳴りやみません。しかも、ほとんどは直接の利害がない遠方からの電話です。

どんなに個人や組織が注意していても、感染するときは感染してしまいます。いつ、自分や自分の所属団体で感染が発生するかわかりません。

明日は我が身です。そう思えば、非難中傷など、できないはずなのですが。

たしかに、場合によっては感染のきっかけとなった行為が非難を免れないこともあります。反省も必要です。しかしそれでも、病気にかかったこと自体は、その人が悪いわけではありません。

社会心理学の研究によれば、健全な罪意識は、行動を否定しますが人格を否定しません。悪いことや失敗をしてしまったが、何とか償わなければという反省の思いがわき起こさせます。

ところが、歪んだ罪意識、間違った恥意識は、その人自身が悪い人だと感じさせます。そうなると、穴があったら入りたい気持ちになり、人間関係から隠れ、精神的に追い詰められれば、破壊的な行動まで起こしてしまいます(罪と恥、嫉妬と妬みの心理学:歪んだ感情が攻撃と犯罪に向かうとき:Y!ニュース有料)。

悪いことをしたなら、謝罪し改めましょう。しかし、感染者の人格を否定して彼らが隠れてしまうような対応は避けましょう。

■新型コロナウイルスはスティグマ(烙印)ではない

かつてWHOが自殺予防に関連して、「スティグマ:不名誉のそしりこそが自殺予防の大きな妨げ」という標語を掲げたことがあります。

スティグマ(烙印)は、悪のしるしです。

自殺は不名誉ではない:世界自殺予防デー・自殺予防週間に考える私たちにとっての自殺問題

自殺を恥ずかしいことと考えた方が自殺予防に効果的な気がしますが、研究者や予防活動の実践家は、そうは考えません。

自殺は予防すべきことと考えながら、しかし自殺を恥べき隠すべきことと考えてしまうと、かえって彼らを孤立させ、自殺の危険性を高めると警鐘を鳴らしています。

私たちは、新型コロナウイルスの感染自体を、恥であり謝罪すべきことと考えていないでしょうか。しかし、感染は恥ずべきスティグマではありません。

感染をスティグマとしてしまうことは、感染者と関係者を苦しめ、偏見差別いじめのもととなります。

新型コロナウイルスによる偏見差別いじめ防ごう

あえて謝罪をしなかった報道ステーションは、視聴者への申し訳なさを持っていなかったわけではなく、しかし新型コロナウイルスをスティグマにしてしまうことを避けたのでしょう。

私たちの敵は、新型コロナウイルスです。私たちは社会的距離を取らなければなりませんが、感染者は敵ではなく、守るべき仲間なのです。

報道ステーション富川悠太アナウンサーのコロナ謝罪:人はなぜ不当に責められるのか

人が人と離れるストレス:集会中止、休校、テレワーク、社会的距離ソーシャル・ディスタンスの心理

社会的距離を保つように感じよくお願いする方法(心理学会からのアドバイス)

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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