Yahoo!ニュース

報道ステーション富川悠太アナウンサーのコロナ謝罪:人はなぜ不当に責められるのか

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
写真はイメージ(写真:アフロ)

<感染自体は謝るべきではないが、不適切な前後の行動は反省し、謝るべき。しかし、冷静に適切に責任追及することは、とても難しい。>

■報道ステーションメインキャスターの富川悠太アナウンサー謝罪

報道ステーションのメインキャスターで、新型コロナに感染した富川悠太アナウンサー(43)のコメントが番組で紹介されました。

「番組で繰り返し感染予防を呼び掛けていた立場にもかかわらず、このような事態を招き、視聴者の皆様、関係者の皆様に大変なご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」と謝罪コメント〜

「すぐに平熱になったことから、発熱を軽視してしまい、上司や会社に報告せず、出演を続けたことを深く反省しています」

 「視聴者の皆様からは、多数のお叱りの電話やメールを会社にいただいていると聞いています。これらを真摯(し)に受け止めたいと思っております」

「なお、3月下旬から大人数で飲食する機会もなく、外部での取材もなかったので、感染経路については思い当たることがありません」

出典:報ステ・富川アナが謝罪「発熱を軽視してしまった」感染経路は「思い当たることがありません」 4/15(水) スポニチY!

発熱後の行動は反省の対象のようです。感染前の行動は、大きな問題はなさそうです。でも、お叱りの電話メールが殺到です。

■謝罪しなかった番組、謝罪した個人

その前日の番組では、番組としての謝罪はありませんでした。

謝罪しなかった報道ステーション:新型コロナウイルス感染は「恥」ではない

■感染自体は罪でも恥でもないが、前後の行動は反省や謝罪の対象にもなる

感染自体は恥でも罪でもありません。しかしその前後の行動は、反省や謝罪の対象にもなるでしょう。

今までも様々な病気が偏見差別を受けてきました。そのために、当事者や家族が苦しむことに加えて、社会全体が歪められてきたのです。

今回の新型コロナでも、たとえばある島の第一号感染者が誹謗中傷の対象になりました。彼は島外からの転入者だったことも、非難の的になった理由の一つでしょう。

学生から感染者を出した大学に嫌がらせの電話が殺到し、さらに「殺す」「火を付ける」といった脅しめいたことまで起きています。

病気や怪我など不祥事ではないのに、迷惑をかけましたと謝罪する日本文化は、悪くはありません。しかし、その謝罪は周囲からの温かな許しが前提です。

責任ある個人や組織が、安易な謝罪で、病のスティグマ(烙印)化を進めてはいけません。

新型コロナウイルスによる偏見差別いじめ防ごう

一方、前後の行動は別です。たとえば県境を越える不要不急の移動は避けろと言われていたのに旅行したり、発熱者は休むことになっていたのに出勤すれば、反省や謝罪になるでしょう。

ただ、結果論だけで通常の行動を責めてはいけません。また建前上は「休め」と言われていても、実際は休めないなら、それは個人ではなく組織の問題です。

■罪と恥と責任追及:人はなぜ不当に責められるのか

「しまった」「やってしまった」と思ったとき、人はそこから健全な「罪意識」を持つこともありますし、歪んだ罪意識である「恥」を感じることもあります。

社会心理学の研究によれば、健全な罪意識は、償いの気持ちを生み、建設的な行動につながります。一方、歪んだ恥意識は、人間関係からの退却を生み、破壊的行動に繋がることさえあります(罪と恥、嫉妬と妬みの心理学:歪んだ感情が攻撃と犯罪に向かうとき:Y!ニュース有料)。

人を単純に責め立てるだけだと、自己否定の気持ちが高まり、逆ギレしてしまう人もいるということです。悪いことをした人が、本当に反省して償いの思いを持つことは、簡単なことではありません。

人は、誰かの行動を責め立てたくなることもあれば、そうでないこともあります(社会心理学の研究:人は原因理由をどう考えるか:責任追及、いじめ、仕事、恋愛の社会心理学 Y!ニュース有料)。

たとえば、人は自分と同種の人間より、自分と違う人間を責めたくなります。

男は女を責めたくなり、中年は若者を責めたくなり、外人など自分と異なる部分が多い人などの失敗不祥事を責めたくなります。自分と同じ立場の人は、かばいたくなります。

自分が普段攻撃できないような偉い人などが失敗不祥事をすると、責めたくなる気持ちもあります。

その失敗不祥事が、意図的で、統制可能だったのに、わざと行ったと思えるほど、責めたくなります。

人は、良くない出来事の原因を、少数者に持って行きたくもなります。男性ばかりの中の女性、同国人ばかりの中の移民、若者ばかりの中の高齢者。少数者は、日常的に偏見差別の対象になりやすいのですが、何が悪いことが起きたときには、特に責められやすいのです。

人は、自分のことは環境が原因、他の人のことはその人自身が原因と感じます。自分が遅刻したときには「道が混んでいて」などと言いたくなりますし、誰かが遅刻したときには「あいつはいい加減だ」などと感じます。

コロナ感染自体は謝罪は必要なくても、前後の行動には反省の余地があります。しかし、その前後の行動も、適切に責任を問うのは難しいものです。

人は、結果が重大なほど、当人の責任を感じます。たとえば、自動車のサイドブレーキの引きが甘く車が動いてしまった。このとき、ドライバーにはどれほどの責任があるでしょうか。

不可抗力という考え方、自動車の整備や、自動車の構造の問題など、様々な考えられます。ところが、同じ引きが甘いという行動でも、その結果として電柱にぶつかった時と、人を轢き殺した時では、結果が重大なほど個人の責任を考えるのが人間の心理です。行動は同じなのですが。

また、人はあることがわかったその瞬間に、それは事前に予測可能だったと感じます。

コロナ感染前後の行動が、何の問題もなく、誰もがそういう行動をとる時ですら、感染がわかった途端に、「なぜ、もっと注意しなかった!」「なぜそんな行動を取ったのだ!」と責めたくなるのです。

また、その人から誰も感染しなかった時と比べて、その人から何人も感染してしまったときの方が、その人の感染前後の行動は強く責められるでしょう。行動自体は同じなのに。

不適切な行動は反省し、謝罪すべきです。ただ、適切に人の責任を問うことはとても難しいのです。新型コロナ感染の拡大で、社会全体がギスギスしています。こんな時こそ、正すべき行動は正し、同時に温かな人間関係と支え合いを維持していきたいと願っています。

アナウンサーにも報道番組にも、そういう意味で、適切な言動を期待したいと思います。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

心理学であなたをアシスト!:人間関係がもっと良くなるすてきな方法

税込550円/月初月無料投稿頻度:週1回程度(不定期)

心理学の知識と技術を知れば、あなたの人間関係はもっと良くなります。ただの気休めではなく、心理学の研究による効果的方法を、心理学博士がわかりやすくご案内します。社会を理解し、自分を理解し、人間関係の問題を解決しましょう。心理学で、あなたが幸福になるお手伝いを。そしてあなた自身も、誰かを助けられます。恋愛、家庭、学校、職場で。あなたは、もっと自由に、もっと楽しく、優しく強く生きていけるのですから。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

碓井真史の最近の記事