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『unknown(アンノウン)』のヒロイン(高畑充希)は、なぜ「吸血鬼」だったのか?

碓井広義メディア文化評論家
『unknown』の高畑充希さんと田中圭さん(番組サイトより)

『unknown(アンノウン)』(テレビ朝日系、火曜よる9時)が、終盤に向かって大きく動いています。

闇原こころ(高畑充希)と朝田虎松(田中圭)に近い人たちが、立て続けに殺人事件の被害者になってきたからです。

クリーニング店の店主、五十嵐まつり(ファーストサマーウイカ)が店内で殺害されたのは第5話でした。

そして第6話が、虎松の実父であり、20年前に起きた一家殺人事件の犯人、一条彪牙(ひゅうが/井浦新)。

さらに第7話では、虎松を可愛がってきた先輩警察官、世々塚幸雄(小手伸也)も命を奪われました。

一体、犯人は誰なのか。その目的は何なのか。残り少ない放送回が気になります。

ヒロインは「吸血鬼」

思えば、このドラマの設定を知った時は、ちょっとびっくりしました。

何しろ高畑充希さん演じるヒロインが「吸血鬼」なのです。

しかも、人間を襲って血を吸うのではなく、飲料用の血液を通販サイトで購入しているのが笑えました。笑える吸血鬼って?

こころだけでなく、医師である父・海造(吉田鋼太郎)も、ニュースキャスターをしている母の伊織(麻生久美子)も吸血鬼です。

こころは早い段階で、自分が吸血鬼だと虎松に伝えました。

一方、虎松は自身の父親が殺人犯であることを、長い間言い出せずにいたのです。

そこに連続殺人事件がからんできました。被害者たちの血液が抜かれていることで、吸血鬼を連想させる凄惨(せいさん)な事件です。

なぜ今、吸血鬼なのか。この斬新な仕掛けの背後に何があるのか。

「吸血鬼」というメタファー(暗喩)

見ているうちに、「吸血鬼」は一種の「メタファー(暗喩/あんゆ)」なのだと気がつきました。隠された「比喩(ひゆ)」です。

誰でも、未知なるもの(unknown)に遭遇すると身構えてしまいます。それは人に対しても同様です。

たとえば人種、国籍、宗教、信条が異なる人たちや、性的少数者の人たちと出会った際、過剰に反応したり、誤解したりする人は少なくありません。

第2話で、こころの母・伊織が虎松に問いかけていました。

「世の中は、まだまだ自分の知らないことであふれてるじゃない? それを恐れ、嫌って、排除しようとするのか。歩み寄って知ろうとするのか。虎ちゃんはどっちの人?」

自分が「知らないもの」、自分とは「異なるもの」、そこから生まれる「差別」や「偏見」も含めての象徴が「吸血鬼」なのでしょう。

第4話では、こころが両親にこう告げました。

「虎ちゃんは、吸血鬼の私を受け入れ、愛してくれたんだよ!」

受け入れること。そして、愛すること。それは、このドラマのテーマにつながっています。

さらに第6話では虎松が、

「どんなに信頼していても、いい人でも、残酷な事件を起こすかもしれない。俺自身も何をするか、わからない」

とまで言っていました。

確かに、誰も皆、自分自身の中に、自分さえ「知らない部分」を持っている……。

より多様性が求められる時代、この吸血鬼という大胆なメタファーが、最終的にどこまで物語を深化させるのか。

見る側に「安心感を与えない」「考えることを求める」のが、このドラマです。

コメディーとサスペンスが交錯する大胆な展開。

一見不謹慎と思われそうなやり取りを通じて、ドラマの幅を広げようとする挑戦。

今期の「隠れた意欲作」と言ってもいいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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