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ETV特集『沖縄の夜を生きて~基地の街と女性たち~』が伝えてくれたもの

碓井広義メディア文化評論家
『沖縄の夜を生きて~基地の街と女性たち~』より(筆者撮影)

3月25日、ETV特集『沖縄の夜を生きて~基地の街と女性たち~』(NHK)が放送されました。

終戦後、アメリカの統治下にあった沖縄。

基地の周辺には、米軍の認証を受けた「Aサイン」と呼ばれるバーやクラブが林立します。

認証を受けていない店も多く存在し、全体として大歓楽街となりました。

そんな街に集まってきたのが、沖縄戦で家族の命を奪われ、生きる術(すべ)を失った若い女性たちです。

彼女たちの中には沖縄本島の出身者だけでなく、周辺の離島から来た者が少なくありません。

特に奄美大島出身者が多かったことが判明しています。

奄美は耕地が乏しかった上に、米軍統治のために本土と切り離されてしまったことで、島民は出稼ぎ先を失ったのです。

番組では奄美出身者を中心に、かつて店を経営していた人、ホステスだった人など「当事者」たちが証言していきます。

91歳の女性は、戦争で12歳までしか学校に行けず、1960年代のコザでホステスになりました。

「男の人、触ってくるのが嫌でね。みんなパンツを2、3枚履いてた。私は無学だったから事務所とかでは働けない。ハウスメイドかホステスか、それくらいだった」

また、83歳になる元ホステスの女性が語ります。

「兄さんもお金がないから私のところに来る。姉さんも子どもが5、6人いてお金がない。みんな店に行ってツケで食べて、それを私が払ってきた」

さらに72歳の女性は、出産と離婚を経験した後、18歳でホステスに。

店には「男に貢いで借金した子、男に売られて来た子とか、いろいろ」な女性がいたと言います。

どの人も、テレビカメラの前で話すどころか、これまで誰にも明かさなかった自身の過去を率直に語っていました。

それを可能にしたのは、取材する側と取材される側の「信頼関係」です。

植田恵子さんと杉本美泉さん。2人の女性ディレクターの「伝えたい」という思いと、誠実な取材姿勢が反映されていたのです。

昨年、沖縄は「復帰50年」を迎えました。

この番組も本来は昨年流される予定でしたが、コロナ禍で制作中断を余儀なくされてしまい、ようやく今回の放送となりました。

沖縄の女性たちが、自分の顔を画面に出し、実名で語り残してくれた、重い体験。

それを多くの人が共有することで、何かが変わっていく。そう思わせてくれる、秀作ドキュメンタリーでした。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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