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『どうする家康』は、何が新しいのか?

碓井広義メディア文化評論家
松本潤さんが演じる徳川家康(番組サイトより)

8日から始まった、松本潤さん主演のNHK大河ドラマ『どうする家康』。

ドラマ全体の構成が「起承転結」だとして、第1話というのは「起の起」みたいなものです。

ここで最も大事なことは何か。

脚本家の倉本聰さんは、近著『脚本力(きゃくほんりき)』の中で、こう言っています。

「お客をまず吸いつける。可能な限り早く、その世界に引きずり込むということが、僕はドラマの鉄則じゃないかと思う」

さらに、

「話が始まって、2分くらいでバンとその世界に入れること。吸引するまでの時間というのをうんと短縮してやる必要がある」

『どうする家康』の初回は、まさに「バンとその世界に入れる」を実現していました。

「力も心も弱い」家康

第1回のタイトルは「どうする桶狭間」です。

人質として今川義元(野村萬斎)の管理下に置かれていた、若き日の家康(松本)。

その「人となり」や「立ち位置」を明確にし、その後の「道のり」を予感させるに十分な内容でした。

また妻となる瀬名(有村架純)が、家康を評して言った言葉がすごい。

「弱虫、泣き虫、力も心もお腹も弱い」

お腹も弱いが笑えます。

しかも、肝心の「桶狭間の戦い」では、「もう嫌じゃあ!」と叫んで戦場から逃げ出す始末。

こんな家康、見たことがありません。

そういえば、出陣前の瀬名とのシーンも新鮮でした。

離れがたい思いで、互いの指に触れる2人。

家康の不安を察した瀬名は、夫の指先にそっとキスをする。

こんな家康も、見たことがありません。

過去の大河での「家康」

これまでの大河ドラマには、家康が何度も登場しています。

その中で、家康を「主人公」にしていたのが、タイトルもズバリの『徳川家康』(1983年)です。主演は、滝田栄さんが務めました。

原作は山岡荘八の『徳川家康』。

この小説が出るまで、家康のイメージは、あまりいいものではありませんでした。

戦前の立川文庫『真田十勇士』の影響が大きかったようですが、陰謀の限りを尽くして豊臣家を滅ぼした、ずる賢い「タヌキおやじ」という人物像。

日本人が持つ「判官びいき」の傾向から外れていることも要因だったかもしれません。

家康を敬愛していた山岡荘八は、それを覆そうとしました。

平和を望み、そのための困難を乗り越えた苦労人として家康を描き、大ベストセラーとなります。

大河ドラマ『徳川家康』は、この原作にかなり忠実に作られていたのです。

「新たな家康像」の試み

今回の『どうする家康』は、『リーガル・ハイ』(フジテレビ系)や『コンフィデンスマンJP』(同)などの古沢良太さんによるオリジナル脚本です。

ずる賢い「タヌキおやじ」でも、戦(いくさ)のない世の実現を目指す「使命感の男」でもない、「新たな家康像」を探ろうとしています。

その出発点が「弱虫、泣き虫」であり、「どうする?俺」という自問なのでしょう。

繊細で怖がりな、等身大の青年家康。

ここから、どのような修羅場を経て、「大御所」と呼ばれる徳川家康になっていくのか。大いに楽しみです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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