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日曜劇場『アトムの童』が映し出す、この時代の「気配」

碓井広義メディア文化評論家
山崎賢人主演の日曜劇場『アトムの童』(番組サイトより)

『アトムの子』から『アトムの童(こ)』へ

♪「どんなに大人になっても、僕らはアトムの子供さ。どんなに大きくなっても、心は夢見る子供さ」

1999年に発表した『アトムの子』で、そう歌っていたのは山下達郎さん(作詞・作曲)です。

「アトム」はもちろん、手塚治虫の漫画&アニメ『鉄腕アトム』を指していました。いわば少年たちの「夢」の象徴です。

久しぶりで「アトム」の名に接したのが、この秋の日曜劇場『アトムの童(こ)』(TBS系)でした。

天才ゲーム開発者である安積那由他(あづみなゆた、山崎賢人)が、仲間と共に興津晃彦(オダギリジョー)の率いる巨大IT企業に挑む物語です。

6年前、那由他と菅生隼人(松下洸平)が「ジョン・ドゥ(名無しの権兵衛)」の名で発表したゲームは大人気となりました。

しかし、ジョン・ドゥはその一作だけでゲームの世界から姿を消してしまい、那由他自身は自動車整備工場で働いてきました。

一方、銀行員・富永海(岸井ゆきの)の実家である老舗メーカー「アトム玩具」は、時代に取り残され経営危機に陥っていました。

海の父・繁雄(風間杜夫)が病に倒れたため、海は継承を決意。探し出した那由他の力を借りて、ゲーム制作に乗り出します。

「物語」と「登場人物」の魅力

まず注目したいのは、このドラマが「ゲーム業界」を舞台にしていることです。

『半沢直樹』の金融界や『ドラゴン桜』の教育界も興味深かったのですが、今回は、またひと味違う“同時代性”が感じられるのです。

ゲームを梃子(てこ)にして物語に織り込まれる、エンタメの「創造」と「ビジネス」。

現代社会の一断面というか、今という時代の「気配」みたいなものが漂っているようで。

加えて、日曜劇場の主人公として20代の人物が設定されるのは、2020年の竹内涼真主演『テセウスの船』から10作ぶりとなります。

長年の日曜劇場ファンだけでなく、より幅広い層を取り込もうという狙いでしょう。

山崎さんが連ドラの主演を務めるのは18年の『グッド・ドクター』(フジテレビ系)以来。

今回、那由他の熱っぽさやナイーブさの表現など、俳優として各段に進化しており、演技力に定評のある岸井さんとの相乗効果も生まれています。

さらに、オダギリジョーさんの起用が正解でした。

興津役の予定だった香川照之さんからのスライドですが、元々オダギリさんだったのではないかと思わせるほど、存在感があります。

インターネットビジネスの覇者という「役柄」と、次世代のヒール(悪役)という「役割」の両方が見事にハマっているからです。

人物造形とセリフが光る「脚本」

脚本は『この恋あたためますか』(TBS系)などを手掛けた、神森万里江さんのオリジナル。それぞれの経歴を感じさせる人物造形とセリフが光ります。

たとえば、火事でアトム玩具の社屋を失った繁雄が言いました。

「おもちゃなんかなくたって、世の中は困らねえ。でも、あればわくわくするし、笑顔になる。俺たちはそういうものに人生を懸けてきたんだからよ。下向いて立ち止まっちゃダメだろう」

繁雄だけでなく、那由他たちにも通じる「ものづくり」のプライド。

さらに言えば、ドラマの制作陣にとっては、このセリフの中の「おもちゃ」が、「ドラマ」に置き換えられてもおかしくありません。

「あればわくわくするし、笑顔になる」ものを、全力で生み出して欲しいと思います。

那由他と隼人が再び組んだことで、新しいゲームの開発が次の段階に入りました。当然、興津も対抗措置を講じてきています。

創造とビジネスの両面で、更なるスリリングな展開が続きそうです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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