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『カムカムエヴリバディ』総集編が、あらためて示した「出色の朝ドラ」(安子編)

碓井広義メディア文化評論家
上白石萌音さんが演じた安子(番組サイトより)

5月4日に、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の総集編が放送されました。

半年という時間をかけて流された「3世代100年の物語」を、約3時間にまとめるのですから、制作陣は大変だったと思います。

新たな「3時間ドラマ」

一般的に、総集編というと「ダイジェスト」版のイメージがありますよね。「全体をコンパクトにまとめてみました」といった内容のものが多い。

しかし、今回はまったく違いました。いわば、新たな「3時間ドラマ」を見せてもらったような印象です。

特に、本編の放送から最も時間が経過している「安子編」が新鮮でした。

何より、安子(上白石萌音)という「最初の主人公」が実に魅力的だったことが伝わってきます。

主な舞台は戦前から戦後の岡山。和菓子屋の娘、安子が経験する恋、結婚、夫の出征と戦死、出産と子育てなどが、「不穏な時代」を背景に描かれていきました。

中でも稔(松村北斗)との関係は、やがて来る別離を知っていることを抜きにしても、目が離せません。

「日向の道を歩いていきたい」

稔が安子の実家を訪れ、家族全員の前で自分の気持ちを告げます。

「安子さんと共に生きたい! そばにおって欲しい」

そして、帰ろうとする稔を呼び止めた安子が言います。

「私も稔さんと生きていきたい。あなたと日向の道を歩いていきたい」

真っ直ぐな2人の、真っ直ぐな気持ちが、見る側の胸を打ちます。

しかも、「日向の道を歩いていきたい」というセリフは、このドラマ全体を象徴するものです。

この「意思」は、安子の娘・るい(深津絵里)や、孫のひなた(川栄李奈)にも継承されていきました。

また、安子が思い出す、稔が出征する前に語った言葉も忘れられません。

「どこの国にも自由に行き来できる。どこの国の音楽でも自由に聴ける。僕らの子どもには、そんな世界を生きて欲しい。日向の道を歩いて欲しい」

こちらも、後のるいやひなたの歩みを眺めながら何度も思い浮かべました。脚本の藤本有紀さんによる「名セリフ」です。

「出会うこと」の大切さ

稔との出会いは、同時に「英語」との出会いでもありました。

これまた、全編を通じてヒロインたちの人生に大きく関わることになる、大事な要素です。

若くして亡くなった稔への思いが安子の中からあふれ出し、それをロバート(村雨辰剛)にぶつけていく、切ない場面がありました。

「もう夫はいないのに、どうして私はまだ英語を勉強しているんでしょうか?」

この時のロバートの答えも秀逸です。

「ご主人と出会わなかったら、英語にも出会わなかった。毎日ラジオで英語を勉強することもなかった。ご主人と出会ったから、あなたは今も生きている」

ロバートとの「出会い」も安子の運命を大きく変えるわけですが、人と「出会うこと」の大切さは、このドラマの底部にずっと流れ続けていきます。

女優陣の表現力

今回、総集編の「安子編」で、あらためて「女優・上白石萌音」の演技力に目を見張りました。

明るさ、健気さ、一途さ、強さ、そして優しさ。安子が併せ持つ側面を、状況によって的確に表現する力が半端ではありません。

そして、この表現力は、るいの深津さんや、ひなたの川栄さんにも共通しており、この新たな「3時間ドラマ」を見応えあるものにしていたのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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