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『カムカムエヴリバディ』川栄李奈が増加させる「吸引力」

碓井広義メディア文化評論家
川栄李奈さん演じる「ひなた」(番組サイトより)

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)の第3部である「ひなた編」が、これまで以上に吸引力を増しています。

何より、川栄李奈さんが演じる「大月ひなた」が気になって仕方ありません。

「アンチ朝ドラヒロイン」の魅力

天真爛漫なひなた。その明るさは見ていてホッとします。

とはいえ、ひなたは子どもの頃から、地道な努力は苦手でしたし、壁にぶつかれば、すぐにくじけていました。ヘタレと言ってもいいくらいです。

しかも何を考えているのか、よく分からない(笑)。

前向きな主人公の「成長物語」とか、「自立物語」といったイメージの強い朝ドラで、こんなにボーっとした感じの無防備なヒロインは珍しい。

いや、だからこそ見る側は気になるし、応援したくなってくるのです。

思えば、この『カムカムエヴリバディ』と同じように、藤本有紀さんが脚本を手掛けた朝ドラ『ちりとてちん』もそうでした。

主人公の和田喜代美(貫地谷しほり)は、見ていて歯がゆくなるほどネガティブ思考で、これまたボーっとしていたものです。

藤本さんには、いわば「アンチ朝ドラヒロイン」を造形したい、もしくは挑んでみたい意思があるのかもしれません。

おかげで、ご都合主義ではない分、生身の人間、リアルな女性像が現出する。

そして突出した能力もさることながら、自分が好きなものがあることの幸せが示されていきます。

喜代美の場合は「落語」であり、ひなたにとっては「時代劇」です。

「女優・川栄李奈」の進化

川栄さんの演技にも注目すべきでしょう。

ひなたの生き生きとした喜怒哀楽は、役柄の中に自分を浸透させていく、川栄さんならではの業(わざ)だと言えます。

それは2018年のNHK広島開局90年ドラマ『夕凪の街 桜の国2018』でも発揮されていました。

舞台は敗戦から10年後、1955年(昭和30年)の広島です。

23歳の皆実(川栄)は事務員として働いています。

同僚の青年が思いを寄せるのですが、素直に受け入れることができません。それは皆実が被爆者だったからです。

家族を含め多くの人が犠牲となったのに、自分が生き延びてしまったことへの後ろめたさ。

やがて自身も原爆症を発症するのではないかという恐怖心。

皆実が幸せを感じたり、何かを美しいと思ったりした瞬間、彼女の中で原爆投下直後の光景がよみがえります。

皆実の独白によれば、「お前の住む世界はここではないと誰かが私を責め続けている」のです。

この難役に、川栄さんは自然体で臨んでいました。

あれから4年。さらに進化した「女優・川栄李奈」がここにいます。

祖母の安子(上白石萌音)とも、母のるい(深津絵里)とも異なるキャラクターのひなた。

しかし、芯の強さなどが継承されているのは確かです。

過去は現在につながっており、道をひらく人たちがいたからこそ今の自分がある。

そんなことを思わせてくれる「女性三世代・百年の物語」も、残りわずかとなりました。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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