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脚本家「倉本聰」と映画監督「是枝裕和」が語り合ったこと

碓井広義メディア文化評論家
対談する是枝裕和さんと倉本聰さん(HBC WEBサイトより)

対談番組の成否は、テーマと人選で決まります。

2月13日(日)の夕方、BS-TBSで放送された、『“あのとき”から~北の大地とドラマと…』を見ながら、あらためてそう思いました。

これは脚本家の倉本聰さんと、映画監督の是枝裕和さんの特別対談です。

TBS系列の北海道放送(HBC)が、創立70周年記念として制作。

道内では2021年1月に流されたので、今回が「全国放送」ということになります。

第71回カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールに輝いた映画『万引き家族』。その是枝監督が富良野にいる倉本さんを訪ねました。

昨年、放送開始から40年を迎えた『北の国から』(フジテレビ系)をはじめ、北海道を舞台に数多くの名作を生み出してきた倉本さん。

この先達と気鋭の監督が、「ドラマと脚本」について語り合おうというのです。

是枝さんにとって、倉本作品は学生時代から脚本の教科書だったそうです。

今や世界的な映画監督となった是枝さんですが、倉本さんと向き合う姿勢は終始、謙虚でした。

具体的かつ的確な質問が繰り出され、倉本さんもまた真摯(しんし)に答えていきます。

たとえば『幻の町』(1976年、倉本聰脚本、HBC制作)。

かつて住んでいた樺太・真岡町の地図を作ろうとする老夫婦(笠智衆、田中絹代)の物語です。

そこには、認知症になった倉本さんの母親が、疎開先の家や集落を鮮明に思い出す姿が投影されていました。

また『りんりんと』(74年、同)では、東京から北海道へと向かうフェリーの中で、病気を抱えた母親(田中)が、息子(渡瀬恒彦)に尋ねます。

「母さん、ほんとに生きてていいの?」

これもまた、倉本さんが実際に自分の母親から聞いた、衝撃の言葉だったそうです。

さらに『ばんえい』(73年、同)で、父(小林桂樹)と息子(中村まなぶ)が言い争いから取っ組み合いになる場面。

父は、息子に腕力でかなわなくなったことに屈辱を覚え、息子は父の老いを知ってがくぜんとします。

確かに時間は残酷で、やがて親は子供に遠慮するようになります。倉本ドラマには、そんな瞬間が見事に投入されています。

倉本さんは番組で、自らの記憶を物語に溶け込ませたことを明かしました。

是枝さんも、自分と父親との関わりに触れながらこの作品への強い思いを語っていました。

自身の体験をドラマに生かす、いわば「私(わたくし)性」をエンタメ化する手法は、形を変えて是枝監督にも受け継がれていたのです。

HBCは、この3作だけでなく、大滝秀治主演『うちのホンカン』シリーズなども制作しました。これを放送したのが、かつての「東芝日曜劇場」です。

「日曜劇場」となった現在は普通の連続ドラマ枠ですが、当時は全国各地の放送局が制作した作品も流される貴重な場でした。

この舞台から、HBCは何本もの秀作を全国に送り出していました。

主軸となったのが、同局の守分寿男(もりわけとしお)ディレクターであり、倉本さんです。

そんなドラマ制作の歴史も振り返りながら、「土地に根づいた物語」の魅力を再認識することができた、貴重な対談でした。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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