今週はじめ、作曲家の小林亜星さんが5月30日に亡くなっていた、という訃報が伝えられました。

音楽の世界で有名だった亜星さんですが、その顔と名前を全国的に広めたのは、1974年に出演した1本のドラマでした。

向田邦子さんが脚本を手掛けた、『寺内貫太郎一家』(TBS)。

演技経験のなかった亜星さんが快演した貫太郎は、東京下町で墓石などを彫っている「石屋」です。

気に入らないことがあれば怒鳴り、ちゃぶ台をひっくり返して家族に鉄拳を振います。

でも、どこか懐かしい「昭和の頑固おやじ」そのもので、亜星さんの貫太郎は、ちょっと素敵でした。

妻・里子が加藤治子さん、娘・静江は梶芽衣子さん、そして息子の周平に西城秀樹さん。

また沢田研二のポスターを見ながら「ジュリ~!」と身をよじる貫太郎の母・きんを樹木希林さんが演じて、人気を博しました。

家族の日常を喜劇的に描くホームドラマでありながら、人生の深淵をのぞかせてくれた『寺内貫太郎一家』は、平均視聴率が30%を超えていました。

実はこの頃まで、ホームドラマと言えば「母親」でした。

50年代の終りから約10年も続く人気を誇ったドラマシリーズ『おかあさん』(TBS)はもちろん、70年代前半のヒット作『ありがとう』(同)も母親を中心とする物語でした。

その意味で、「父親」を中心に据えた『寺内貫太郎一家』は、かなり画期的だったのです。

貫太郎のモデルが向田邦子さんの父・敏雄さんだったことは、作者自身が明かしています。

石屋ではなく保険会社勤務でしたが、その性格やふるまいには彼女の父の実像が色濃く反映されていました。

また、向田さんのエッセイなどを読むと、貫太郎の妻には向田さんの母が、そして貫太郎の母親には向田さんの祖母の姿がどこか重なって見えてきます。

ここでは、小林亜星さんが具現化した昭和の頑固おやじ、寺内貫太郎の「忘れられない言葉」をいくつか、その場面と一緒に振りかえってみたいと思います。

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貫太郎「洗濯物の干し方にも、つつしみってもンがあるだろ! 昔はタライ別にしたってくらいだぞ!」

きん「(吹き出して)男ものと女もののパンツ一緒に洗ったからってさ、別に赤んぼが出来るわけじゃあるまいし」

貫太郎「よく恥しげもなくそういうことを……お前たちがそういう気持でいるから、子供たちが恥知らずなマネをするんだ! 以後気をつけろ」

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貫太郎「近頃の若い奴らみたいに、ちょいといいとなりゃすぐくっついたり出来る時代じゃないんだ。どんなに惚れてたって、男は戦争に行かなきゃなんなかった……個人が泣いたってほえたって、どうにもなんないだよ。戦争ってもンが、こう生木(なまき)を裂くみたいに男と女を……(引き裂く身ぶり)」

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里子「お父さん、それじゃ、お父さんは上条さん(*藤竜也さんが演じた静江の恋人)を許すつもりだったんですか」

貫太郎「誰が許すといった。あんな野郎は大きらいだけどな、それでも、強情なだけ見所があるよ」

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里子「お父さん、ないんですか」

貫太郎「なにが……」

里子「若い時ですよ。年上の女の人に夢中になったこと……」

貫太郎「ないよ!」

里子「本当に? 本当にないかしら」

貫太郎「うむ」

里子「あるでしょ?」

貫太郎「そういやあ、小学校の時」

里子「女の先生でしょ」

貫太郎「うむ」

里子「キレイな人でした?」

貫太郎「世の中にこんなキレイな女の人がいるのか、と思ったけどなあ。何かの時に、ションベンする音きいて……」

里子「……今は、なつかしい思い出でしょ?」

貫太郎「………」

里子「みんなそうなんですよ」

貫太郎「フン!」

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貫太郎「結婚式ってのは、顔見世興行じゃないんだぞ。未熟な夫婦でございますが、末長くよろしくという挨拶すんのに、なんで客から金とるんだ! 金がないんなら、自分ちでやれ!」

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貫太郎「犬、飼ったことあるだろ」

里子「娘時代に飼ってましたけど、それがどうかしたんですか!」

貫太郎「自分ちに犬がいても、ヨソの犬見りゃ、ちょこっとなでたりするだろ?」

里子「それが浮気だっていうんですか!」

貫太郎「何もなかったんだから……怒るこたアないだろ」

里子「……そんなもんじゃありませんよ、女の気持は」

貫太郎「………」

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貫太郎「私、生まれついての気短かで、よく娘にも手をあげました。それも今日でおしまいでしょう。明日からは、ここにおります婿(むこ)が……上条君、私のかわりに遠慮なくぶん殴って……どうか、娘をよろしく……」

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作曲家、小林亜星さん。

1932年8月11日 ~2021年5月30日。享年88。

合掌。