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『天国と地獄』は予測する「楽しみ」と裏切られる「快感」のハイブリッド

碓井広義メディア文化評論家
わたしがあいつで、あいつがわたしで(提供:satoshi_0_0v/イメージマート)

日曜劇場『天国と地獄~サイコな2人~』が凄いことになってきました。何しろ、あの綾瀬はるかさんが、ゴルフクラブで人を撲殺しちゃったんですから。

いや、もちろん綾瀬さんじゃありません。

「不穏な協力関係」の急変

正確に言えば、猟奇殺人事件の犯人である日高陽斗(ひだかはると、高橋一生)と、彼を追っていた捜査第1課刑事の望月彩子(もちづきあやこ、綾瀬はるか)の「魂」が入れ替わってしまった。

そして、彩子の中に入った日高の「魂」が、彩子の「ボディ」を使って、ゴルフクラブ殺人を犯したのです。

でも、彩子の姿形をした日高の犯行も、入れ替わりを知らない、もしくは信じない警察から見れば、彩子が殺人者ってことになってしまうでしょう。

それに、彩子の魂が入った日高もまた、剛腕刑事の河原(北村一輝)をはじめとする警察の追及を受けています。確たる証拠を握られたら、日高として逮捕され、死刑もあり得る。

入れ替わり以来、「不穏な協力関係」にあった日高と彩子。それを大きく崩したのが、前回の終盤に起きた「ゴルフクラブ殺人」でした。

これまでの連続殺人も、日高の意図が何なのかも、まだ皆目見えていません。

日高は「レクター博士」か!?

分かるのは、たとえ別人の「肉体」を持っても、日高の「魂」は人を殺すことを止めない、止められないということです。だからこそ、日高は「精神病質」なのかもしれません。

サブタイトルにある「サイコ」の文字から、多くの人が思い浮かべるのが、映画『羊たちの沈黙』や『ハンニバル』のハンニバル・レクター博士(アンソニー・ホプキンス)ではないでしょうか。

彼が、極めて冷静に人を殺すことが出来るのは、他者に対して一切の「共感」を覚えないからでした。躊躇することなく、どんな残忍な行為も出来てしまう。

日高も、それに近い人間ではないかと思えるのですが、まだ彼の過去も動機も不明。今は、あれこれ想像するだけです。

というか、日高のことに限らず、このドラマには、見る側が想像したり予想したりする「楽しみ」が溢れています。

そして物語の次の展開によって、自分の想像や予測が見事に裏切られる「快感」があります。

「敵対関係にある男女」の入れ替わり

過去にも、大林宣彦監督の映画『転校生』や、ドラマ『さよなら私』(NHK)といった「入れ替わり物語」は存在しました。

しかし、当事者は幼なじみや親友同士であり、「回復」を目指す助け合いは友好的なものでした。

一方、このドラマのポイントは、「敵対関係にある男女」が入れ替わったことにあります。しかも圧倒的に不利なのは彩子のほうです。

何とか再び日高と入れ替わり、元に戻らなくてはならないのですが、主導権は「刑事」となった日高にある。

その不利な立場が、あのゴルフクラブ殺人で、さらに危ういものとなってしまったわけです。

「あやこ」と「サイコ」

日高によって乗っ取られた彩子の肉体。被害者の頭を、クラブでメッタ打ちにする犯人の見た目は、あくまでも「彩子」です。いえ、こうなると「あやこ」ではなく、「サイコ」と読み替えたくなる殺人者です。

日高というサイコと、サイコにさせられてしまった彩子。まさに「2人のサイコ」の出現でした。

どこまでも予測不能な日高。彩子が抱える恐怖感。奄美大島の「伝説」をからめた、入れ替わりの謎。綾瀬さん主演の『義母と娘のブルース』も手掛けた、森下佳子さんの脚本が冴えています。

今後の展開を予測する「楽しみ」。その予測を綺麗に裏切られる「快感」。『天国と地獄~サイコな2人~』では、その両方が味わえる。一粒で二度おいしい、ハイブリッド・サスペンスと言えそうです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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