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『監察医 朝顔』にある、このドラマならではの「味わい」とは!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

「女優・上野樹里」の新たな代表作とも言うべき『監察医 朝顔』(フジテレビ系)。第2シーズンとなる今期、このドラマが持つ独特の「味わい」が、より強化されています。

ドラマの出演者にとって、ヒット作は嬉しいものですが、罪な部分もあったりします。

たとえば米倉涼子さんといえば、やはり『ドクターX』の大門未知子が浮かんできます。代表作であり、役名で呼ばれることは演者にとって名誉でもあるのですが、反面、イメージの固定化を嫌う人も少なくありません。

一時期、上野樹里さんを見ていると、『のだめカンタービレ』の野田恵と重なってしまい、困ったことがありました。

例を挙げれば、NHK大河ドラマ『江(ごう)』でしょうか。怒る時も、悲しむ時もやけに大声で、「江姫(ごうひめ)」なのか、「のだめ」なのか、よく分からなくなったりしたものです。

もちろん最近はそんなことは起きません。特に昨年放送された『監察医 朝顔』は、新たな代表作と言っていいほど、上野さんの底力とポテンシャルを感じさせてくれました。

というわけで、今期が第2シーズンとなる『監察医 朝顔』です。

主人公の万木朝顔(上野樹里)は、興雲大学に所属する法医学者。警察が持ち込んでくる遺体を調べ、死因を究明するのが仕事です。

ただし、同じ法医学ドラマでも、死因を探ることが犯人の逮捕や事件の解決に直結していた『アンナチュラル』(TBS系)などとは、その趣(おもむ)きが少し異なっています。

ある朝、イベント会場の外で参加者がパニック状態となり、群衆雪崩で死傷者が出ました。警察は死亡した青年の痴漢行為が事故原因と考えて起訴しようとします。駆けつけた青年の母親は、息子の死を嘆くより先に、被害者の家族に土下座して詫びるしかありませんでした。

しかし朝顔たちは、青年の死因がエコノミークラス症候群だったことをつきとめ、彼の無実を証明するのです。

また、野球少年の変死体が見つかった際には、警察が金属バット殺人を疑う中、フェンスにはさまったボールを取ろうとして感電死したことを明らかにします。そのおかげで、事故の責任が自分にあると思って苦しんでいた、少年の弟が救われました。

朝顔たちの仕事は、死者たちの声なき声を聞き、彼らの「生きた証(あかし)」を取り戻すことです。

解剖を始める前、朝顔は遺体に向って「教えてください、お願いします」と静かに声をかけます。まるで生きている人に対するような振る舞いであり、彼女の人物像を象徴しているのですが、背景にあるのは辛い体験です。

原作漫画では、朝顔の母親は旅行先の神戸で、阪神・淡路大震災に巻き込まれて亡くなっていました。ドラマでは、それを実家に帰省中の東日本大震災に置き換えています。

しかも、母・里子(石田ひかり)の遺体は見つかっておらず、刑事である父の平(たいら 時任三郎)は、現在も休日に三陸まで出かけて探し続けているのです。最近は、父の代りに朝顔が北へ向かうようになりましたが。

そんな父、朝顔、夫の桑原真也(風間俊介)、娘のつぐみ(加藤柚凪)という四人家族の日常が、仕事場である法医学教室や警察と同じような比重で、とても丁寧に描かれているのが、このドラマの特色です。

「法医学ドラマ」であると同時に、「震災後」を生きる「家族のドラマ」でもあること。そこから物語や人物に奥行が生まれ、毎回、見終わるごとに、「何か」が見る側に残っていく。それが『監察医 朝顔』ならではの「味わい」であり、魅力ではないでしょうか。

家族とは元々、永遠のものではありません。いわば「期間限定」の存在です。親がだんだん老いていき、やがて別れの時が来たり、成長した子どもが巣立っていくのも自然なことです。

しかし、事件や事故による、家族の「理不尽な死」は違います。本人にとっても、残された者にとっても、納得のいかない悲劇です。辛い体験をした家族の思いを共有し、法医学者という立場だけでなく、一人の人間として寄り添っていく。朝顔はそんなヒロインです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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