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『共演NG』は、業界ドラマを超えた「大人のラブコメ」

碓井広義メディア文化評論家
11月の朝やけ(筆者撮影)

中井貴一さんと鈴木京香さんが「共演」している、ドラマ『共演NG』。テレビ東京ならぬテレビ東洋(テレ東)という弱小テレビ局を舞台に、業界タブーにも軽くタッチしながら描かれる、堂々の「大人のラブコメ」です。

これまでにも、たくさんの「業界ドラマ」がありました。一番わかりやすいのは1987年にフジテレビが「月9」の枠で放送した、いわゆる「業界ドラマシリーズ」でしょう。

テレビに出る人、作る人が、ドラマの登場人物となり、当時のことですから「ブラウン管の裏側」を垣間見るような内容がウケていました。なんてったって、バブル期ですから。

中でも大胆だったのが『アナウンサーぷっつん物語』です。

ドラマの舞台は、まんま「フジテレビ」。岸本加代子さんや神田正輝さんたちが演じる役柄も、単なるアナウンサーではなく、あくまでも「フジテレビのアナウンサー」でした。思えば、すごい(笑)。

そうそう、この時、「おニャン子クラブ」のメンバーだったアイドル、高井麻巳子さん(会員ナンバー16)もアナウンサー役で出演していたはず。現在の秋元康夫人です。

バブル期とはほど遠い世の中ということもあり、最近は「業界ドラマ」もあまり作られなかったのですが、今期いきなりの登場で、ちょっとびっくりしました。テレビ東京の『共演NG』(月曜夜10時)です。企画・原作は、秋元康さん。相変らず、いろいろ仕掛けてきますね。

メインを張るのは、大物俳優の遠山英二(中井貴一)と売れっ子女優の大園瞳(鈴木京香)。かつては恋人同士だったのですが、「すったもんだ」がありまして(分かる人は分かる)、別れてしまったという設定です。

以来、25年間も没交渉のままだった2人が、なんと「不倫ドラマ」で共演することになりました。「さあ、どうなるんだ?」というのが、この『共演NG』です。

ところで、いわゆる「共演NG」って、ホントにあるのか? 

はい、あります。20年間、テレビプロデューサーをやっていたので断言します。とはいえ、何かでぶつかり合ったのが原因で仲が悪いとか、ライバル的な位置にあるため「両雄並び立たず」だったりとか、事情は様々ですが、珍しくはないです。

プロデューサーというのは、そんな裏事情をよく知っているので、普通は、わざわざ「共演NG」の組み合わせでキャスティングしたりしません。トラブルは面倒ですから。

このドラマの舞台は「テレビ東京」、じゃなくて「テレビ東洋」という局です。略して「テレ東」。予算も人員も他局に劣ることをスタッフがこぼしたり、「深夜ドラマが評判よくても利益につながらない」といったリアルなセリフで笑わせてくれたりします。

実際、今では想像できないかもしれませんが、かつて本物のほうのテレ東は、「中井貴一ランク」の俳優さんや、「鈴木京香クラス」の女優さんに、なかなかドラマの主演を引き受けてもらえませんでした。

そんなテレ東の歴史も踏まえると、テレビ局内部とドラマ制作現場の「業界あるある」が一層面白く見えてきます。

そして、この「業界内幕ラブコメディー」最大の見どころは、中井さんと鈴木さんが披露する、振り切った演技にあります。

相手を「くそ女」「うんこ野郎」とののしり、自分が上位にいることを見せつけようと必死で、その独特のプライドや見栄の張り方も含め、俳優にまつわる「業界あるある」的なおかしさが満載です。

しかも、出演者の中に、共演NGが複数存在するという設定がいい。

たとえば時代劇の大御所俳優(里見浩太朗)と、その元付き人でアメリカ帰りの俳優(堀部圭亮)。いきなりの「つばぜり合い」が起きますが、遠山と瞳は見えないところで彼らをフォローし、その対立を緩和していきます。元恋人たちの、私怨は一時脇に置いて、「いい作品にしよう」という一流俳優としての共通の意思がほほえましい。

また、果敢に「業界タブー」に踏み込んでいく場面も多く、見逃せません。

第3話では、脇役として出演している男女が「不倫カップル」としてスクープされました。その「謝罪会見」に、遠山(中井)と瞳(鈴木)も同席することになります。

記者たちによる容赦ない質問攻めの中、見かねた遠山が前に出て諭(さと)します。「いつまで、こんなこと、繰り返すんですか! ただの面白半分で追いつめて」と。

「いや、世間が納得しない」と反論する記者に、遠山は「納得しないのは、あなたたちだろ」と言い返したりして、騒然となります。

この後、見かねた時代劇の大御所(里見)が登壇。記者たちに向って「男女の色恋沙汰、あんたたちだって経験あるだろ? 赤の他人が土足で踏み込むことないよ」と助け船を出しました。

さらに「(役の上の)孫が世間を騒がせて、すみませんでした」と土下座しちゃいます。しかも他の出演者たちも出て来て、皆で一緒に頭を下げる。「これにて、一件落着!」と里美さんのいい声が響きました。

結局、物語の中で制作・放送中のドラマは、この謝罪会見のおかげで話題となり、第1話の配信も急伸。怪我の功名といった具合ですが、スキャンダルであっても、視聴率につながるなら大歓迎というのは、業界的に結構リアルです。

第4話でも、遠山の妻、雪菜(山口紗弥加)が楽屋にやってきて、しっかり瞳をけん制したり、その瞳の元カレで医師の間宮(青木崇高)がドラマの共演者として参加してきたりで、「NG」な関係はますます交錯していきそうです。

演出・脚本は、『モテキ』や『まほろ駅前番外地』の大根仁監督。制約の多いテレビドラマで、常に「掟破り」に挑んできた監督が、今回はどこまで「やんちゃ」ぶりを発揮するのか。目が離せません。

それにしても、中井さん、鈴木さんは、やはり上手い。遠山も瞳も、別れてからの時間と経験、現在の地位や立場があるとはいえ、いまだに相手を憎からず思っている風情であり、その微妙なニュアンスをユーモアも交えて自然に、そして的確に演じています。

遠山と瞳が「W主演」を務めている、劇中ドラマ『殺したいほど愛してる』も、2人のシーンなどかなりいい雰囲気で、その全編を見たくなってきた今日このごろです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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