Yahoo!ニュース

『恋する母たち』で冴える、大石静脚本の「くいこむセリフ」

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影 2020.11.14

『恋する母たち』が、じわじわと面白くなってきました。木村佳乃、吉田羊、仲里依紗という女優陣の好演。そして脚本の大石静さんによる「くいこむセリフ」が冴えわたってきたことが大きいです。

今期ドラマ全体の特徴は、日ごろ林立することの多い「刑事ドラマ」や「医療ドラマ」が少ないことでしょうか。それに代わって目立つのが「恋愛ドラマ」です。

金曜ドラマ『恋する母たち』(TBS系)もその1本。ヒロインは同じ名門私立高校に息子を通わせる、石渡杏(木村佳乃)、林優子(吉田羊)、蒲原まり(仲里依紗)の3人で、この「母たち」が同時に恋に落ちてしまう。

杏の相手は、自分の夫と駆け落ちした人妻の元夫で、週刊誌記者の斉木巧(小泉孝太郎)。優子は同じ部署で働く年下の部下、赤坂剛(磯村勇斗)。まりは複数の離婚経験をもつ人気落語家、今昔亭丸太郎(阿部サダヲ)とそれぞれタイプは異なります。

とはいえ開始当時は、この設定と人物像がどこまで見る側をひきつけるのか、心配でした。「ありきたりの不倫モノか」と思う人がいてもおかしくないし。

確かに、この中の1組だけが描かれるドラマだったら、見る側はすぐに飽きてしまったのではないでしょうか。

しかし、3人の女性と3つの家庭と3組の恋愛という、柔道の「合わせ技一本!」みたいな狙いが功を奏し、1本で3本分の恋愛ドラマを楽しめるようになっている。いわば「圧縮構造」によるテンポのよさが、このドラマの強みの一つです。飽きているヒマがない。

そんなテンポだけでなく、「くいこむセリフ」が多いことも、このドラマの魅力でしょう。

たとえば第4話。まりのセレブ夫には部下だった愛人(森田望智)がいました。それが露見し、ひと悶着あって、3人が顔を合わせての「直接対決」をしたばかりです。途端に夫はこの愛人を切り捨て、一応、家庭に、そしてまりに目を向ける風情になってきました。

しかし、まりにしてみると、夫は相変わらず自分勝手であり、一緒にいるとピリピリしてしまう。そのことを丸太郎に訴えると、こう言われたのです。

「夫婦は愛と憎しみ、両方があって一人前だよ」

阿部さんが演じているこの丸太郎師匠、かなり面白い人物です。本気なのか、遊びなのか、本音がよくわからないように見えますが、その区別がないのかもしれません。落語家としては生きること自体が洒落であり、何をやっても遊びだし、何をやっても本気である、みたいな。

また優子は、出張先の京都で赤坂と関係をもち、それ以来、この年下の部下が気になって仕方ありません。彼女は過去にも不倫経験があり、それが発覚し、本人の弁によれば「執行猶予中」だそうです。

赤坂との関係が家庭や仕事を脅かすことになりかねないことは、理性ではよくわかっています。わかってはいるのですが、その一方で、ぐいぐいと押してくる赤坂に気持ちが動かされていることも事実。

自分の中にそうした「飼いならせない欲動」といったものがあることを自覚している優子は、赤坂が合コンに行くと聞いて、心の中で、こうつぶやくのです。

「若い子とくっついて、早く私を捨ててよ。そうしたら、諦めつくから」

優子らしい、いいセリフですね。演じる吉田さんにも似合っています。

この優子の状況が3人の中で最も不倫恋愛らしく、3人の中では最も危うい。杏の場合は、彼女も斉木も、現在は独身ですから、いわゆる不倫ではない。まりのほうも、一応、夫の愛人問題という「大義名分」があったりしますが、優子は2人とは違うのです。

夜、オフィスで一人、仕事をしていた優子。赤坂がやってきました。自分が優子に避けられているというあせりもあり、「結婚して欲しい」と思いをぶつけます。抱きすくめ、キスしてくる赤坂。

優子はそんな赤坂に対して、いや半ば自分に対してですが、こんな言葉でブレーキをかけます。

「私たちは今、性欲に支配されてるわ。性欲は、もって3年。その先、人生は50年も続くのよ。よく考えてみて」

アクセルとブレーキ。どこまで制御できるのか、スリリングです。

この第4話では、3人の母親が集まって、杏の「身の上相談」をしている一方で、3人の息子たちも喫茶店に集合して雑談をしていました。

杏は、息子の研(藤原大祐)に認めてもらえなければ、斉木との関係を進められないと言います。すると優子は、

「人生は一度きりなんだから、諦めないほうがいいと思うな」

なおも息子を気に掛ける杏ですが、まりは、息子というのは、どんなに反発しても母親を嫌いにならないと言い出します。

「息子にとって”最初の女”は母親なのよ」

これまた、いかにもまりらしい。息子たち3人が喫茶店で交わしている、年齢なりの成長がうかがえる会話との対比も効果的でした。そういえば少年たち、SNSでのやりとりには、こんな文言もありましたっけ。

「母親だってメスだから」

いやはや。こうした見る側に「くいこむセリフ」の数々が、このドラマには散りばめられています。漫画家・柴門ふみさんの原作を踏まえながら、ヒロインたちそれぞれを「ひとりの女性」として見つめていく、大石静さんの脚本の力です。

息子と向き合いながら斉木との将来を探ろうとする杏。赤坂との路上での密会を夫に目撃されてしまった優子。温泉で丸太郎との関係が進展したかに見えるまり。3人の「母たち」の恋愛模様はこれからが佳境です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事