Yahoo!ニュース

『姉ちゃんの恋人』ヒロインに「込められたもの」とは!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

「富士には月見草がよく似合う」というのは、太宰治が『富嶽百景』に記した有名な言葉です。それにならえば、「秋には恋愛ドラマがよく似合う」のかもしれません。『#リモラブ~普通の恋は邪道~』(日本テレビ系)、『恋する母たち』(TBS系)、『この恋あたためますか』(同)など複数の恋愛ドラマが並びました。

有村架純主演『姉ちゃんの恋人』(火曜よる9時、フジテレビ系)もその中の1本です。ヒロインである安達桃子(有村)は高校時代に両親を交通事故で失いました。長女ということもあり、大学への進学をやめて、ホームセンターで働きながら3人の弟の面倒をみているのです。

元気で、明るく、そして弟たちのためにと一生懸命働く桃子。そんな健気(けなげ)な「姉ちゃん」に、つい朝ドラ『ひよっこ』のみね子を重ねてしまうのは、脚本が同じ岡田恵和さんだからでしょうか。

思えば、『ひよっこ』では「父親の失踪」という形で、「家族の不在」が描かれていました。いや、家族の不在というより、「誰かを欠いた家族」の姿でした。父親がいなくなったことで、みね子は東京に出て働き、故郷の家族を支えるために仕送りをしていました。

桃子の場合は、父親どころか、交通事故で両親を失っています。それが高校3年の時で、ホームセンターに勤めて9年だそうですから、逆算すると、その事故が起きたのは9年前の2011年ということになります。

ごく普通に暮していた桃子一家の生活は、ある日、突然の事故で一変してしまった。それは、2011年という「符号」から、多くの人たちが大切な家族を失った東日本大震災を想起させます。「9年前」という設定は、やはり偶然ではないでしょう。

9年前のあの日、震災によって桃子と3人の弟たちのように両親を亡くし、残されてしまった「子供たち」がたくさんいたはずです。彼らは、この9年をどんなふうに過ごし、2020年の現在、どう生きているのか。

桃子は、明らかに交通事故がトラウマとなっています。今でも両親を奪った「自動車」というものに乗ることが困難です。震災が子供たちに与えた精神的な痛みや傷もまた簡単に癒えるものではありません。それでも、生きていかなくてはならない。

脚本の岡田さんの中に、9年の間に桃子と同じく成長しているであろう、当時の「子供たち」への思いがあるのではないか。そしてこのドラマには、「忘れていないよ」「応援してるよ」というメッセージが込められているのではないか。それは同時に、あの大災害を勝手に風化させ、勝手に忘れているわたしたちへの喚起でもあると思います。

ホームセンターの採用面接で、「弟たちが大人になるまで、決して辞めませんから」と宣言した桃子。それでいて、「誰かとつながること」に少し臆病な桃子。

『ひよっこ』のみね子がそうであったように、桃子は、見る側に「この子には不幸になってほしくない」と思わせる女性です。

そんな桃子が同僚の吉岡真人(林遣都)に恋をしました。真人も純朴で真面目な好青年ですが、どことなく暗さがあります。過去に何かあったらしいのですが、まだ詳しいことはわかりません。母親の貴子(和久井映見)が真人を気遣ったり、吉岡家に保護司の川上(光石研)が出入りしているので、もしかしたら犯罪とかに関わる過去かもしれません。

そして真人もまた、ホームセンターのクリスマス企画会議の席上で、「(クリスマスで)キラキラの季節も、一人でさびしい人は目をそむけたくなる。そういう人も楽しめるようなことを考えたいです」と言うような青年です。

有村さん、林さんの好演もあり、「できれば2人とも、幸せになってほしいなあ」などと思っているのは、すっかり「岡田ドラマ」に入り込んでいる証拠でしょう。明るい桃子と少し影のある吉岡。対照的な二人の「もどかしい恋」の行方が気になります。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事