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ラジオの「魅力」を再認識させた、ニッポン放送「倉本聰」特番

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

13日(月)の夜、ラジオ番組『倉本聰・古木巡礼~森のささやきが聞こえますか』がオンエアされました。

これは、「開局65周年」記念特番。ニッポン放送の誕生から、もう65年にもなるんですね。

特番の放送は22時から24時まで。2時間という長尺でしたが、まったく飽きることなく見入って、いや聴き入ってしまいました。

構成はシンプルで、主な要素は3つです。倉本聰さんと女優・清野菜名さんの「対談」。坂本長利さん、倍賞千恵子さん、西田敏行さんという名優たちによる、倉本さんの書下ろし『「古木巡礼」ストーリー』の「朗読」。そして、挿入される中島みゆきさんの「歌」になります。

この3要素が、交互に組み合わされて、番組は進行していきます。まず対談ですが、もちろんリモート形式。とはいえ、ラジオですから、普通に会話しているように聴こえて、違和感などありません。

倉本さんが、ずっと「古木」を題材に描き続けている「点描画」を媒介にして、自然や人間や社会について、2人の話が進んでいきます。

真冬の富良野の森で聴いた、異様な音。それは、凍った樹木が裂ける「凍裂(とうれつ)」の音だった。

「動物に感情があるなら、植物にもないはずがない。木も話しているんじゃないか。声以外のコミュニケーションだけど、人間も純粋になれば聞こえる、感じられるんじゃないか。そう思って、古木と向き合ってきました」

そして、最初の朗読者は坂本長利さん。600年を生き抜いた、鎮守の森の主です。

室町時代に見た、村の若い男女の悲恋。それから何百年にもわたって、神社の境内で遊ぶ子どもたちと、それを見守るお年寄りたちの姿があった。しかし、今はそれも見られない・・・。

朗読が終ると、「♪僕たちは今、ほんとうに進化をしただろうか」という、中島みゆきさんの歌『進化樹』が流れました。

「木にも、男と女が明らかにあるんだよね。そして女の木は、自分の木肌のしみを恥じないし、隠さない。その木肌と苔、地衣類。雨上がりなんか、きれいですよ」

2番目の朗読は、倍賞千恵子さん。舞台は将軍、家光の時代です。倍賞さんが演じる古木が思い出すのは、自分に触れた人間の男の、忘れられない手の感触でした。

その男は後に、「鈴木春信」と呼ばれる浮世絵師になります。「なでられるのは、いいもんでござんしたよ」と語る倍賞さんが艶っぽい。

お話の後の歌は、中島みゆきさんの『ファイト』。

倉本さんと清野さんの対談は、かつて倉本さんがニッポン放送の社員だった頃の話になります。

「音」だけで伝える、ラジオの難しさと面白さ。ラジオドラマのディレクターだった倉本さんによれば、「池でボートを漕ぐ」というシーンでは、オールから水が「したたり落ちる音」こそ、最もリスナーに鮮明なイメージを与えるのだそうです。

また、完成した番組を誤って消去してしまった時、窮余の一策で、番組の過去のテープから出演者(当時の水谷良重)の言葉を抜き出し、もう一人の出演者(渥美清)には、その抜き出しの声を相手にセリフを言い直してもらって、放送に間に合わせたエピソードも披露していました。

続いて、2人の対談は、福島の立ち入り禁止区域にある「桜」の木の話になります。

「夜ノ森(よのもり)地区」には、2.4キロもの桜の名所があるのですが、倉本さんは特別な許可を得て、そこに通ってきました。

人が消えた町には、あきらかに新居と思われる家があり、玄関に乳母車が置かれていたりする。帰りたくても、帰れない家。

かつて桜の幹の下を歩いていた人たちのことを思ううちに、幹の心情を書きたくなった。人間の暮しが奪われた町で、桜の木の幹だけを描いたそうです。

「文明の進み方が間違っていたというか、行き過ぎたと思うんだよね」と倉本さん。

そして最後の朗読は、西田敏行さんによる、まさに立ち入り禁止区域の「桜」が語るお話です。

「嫌な臭いだなあ。ごみの山が毎日トラックでやって来る。金属とゴムとモノの腐った臭いだ。どうして毒物を次々発明して、地べたにまくのか。自分の首をしめること、なぜ気づかない」

人間の発明した、人間のごみは、森の力で消化できない。

「この臭い、わからん? あんたの鼻は、おかしくなったな。嫌な臭いは、におってこんのか? ああ、そういうもんか。都合いいもんだけ見えて、都合悪いもんは見えんか」

桜の古木の嘆きは続きます。

中島みゆきさんの歌は、『世情』。

♪ 

シュプレヒコールの波

通り過ぎていく

変わらない夢を 流れに求めて

時の流れを止めて 変わらない夢を

見たがる者たちと 戦うため

対談の最後のブロック。新型コロナウイルスの影響で中止となった、舞台『屋根2020』の話から始まりました。

観た人たちに感激してもらいたくて作るドラマや舞台。自分のことは「心の洗濯屋」だと思っていると倉本さん。

かつての日本を、「不便だったけど、じゃあその頃、幸せじゃなかったかと言えば、そんなことなかった。幸せだった」

文明が進んだのはいいと思うが、こんなに進んでいいのか。便利を豊かと表現するが、便利は、体内のエネルギー消費を抑えること。つまり、さぼることだ。さぼったことのツケを払うのは誰なのか・・。

さらに「グローバル社会」なるものに飛びついた日本人が、何を得て、何を失ったのか。今回の新型コロナウイルスのことも含め、倉本さんは語っていく。

最後に清野さんが、「どう生きるべきでしょう?」とスゴイ質問を投げかけた。

「田舎に帰りなさい、東京捨てて」と笑いながら倉本さん。「またゆっくり話しましょう」と結んだ。

エンディングの歌は、『時代』でした。

これで2時間にわたった、ニッポン放送開局65周年記念特番『倉本聰・古木巡礼~森のささやきが聞こえますか』が終りました。

音だけのラジオ。聴きながら想像し、想像しながら感じ、そして考える。音だけだからこそ、言葉はより大切にされ、言葉に託された思いまで伝わってくる。

そんなラジオ体験であり、ラジオの「魅力」を再認識することが出来た2時間でした。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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