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リモートドラマの真打『2020年 五月の恋』の魅力とは?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

新型コロナウイルスの影響で、放送延期や制作中断が続いてきた新作ドラマ。ようやく、その何本かが放送を開始しました。

この5月から6月にかけて、何本も放送されたのが「リモートドラマ」でした。いわゆる「3密」を避けるために、出演者やスタッフがスタジオやロケ先に集まることなく、遠隔撮影といった手法で作られたドラマのことです。

それぞれに工夫し、独自性を打ち出して作られたリモートドラマたち・・・。

『今だから、新作ドラマ作ってみました』全3話(NHK 5月4日、5日、8日)

『家政夫のミタゾノ特別編~今だから、新作つくらせて頂きました~』(テレビ朝日 5月29日)

『リモートドラマ Living』全4話(NHK 5月30日、6月6日)

『2020年 五月の恋』全4話(WOWOW 6月末までYouTubeオフィシャルチャンネルで無料配信中)

これらを全部、見させてもらいました。その上で、「ベスト・オブ・リモートドラマ」を選ぶとしたら、『2020年 五月の恋』を挙げたいと思います。いわば、「リモートドラマの真打」です。

画面は完全な2分割。別々の部屋に男女がいます。スーパーの売り場を任されているユキコ(吉田羊)と、設計会社の営業マンであるモトオ(大泉洋)。2人は4年ほど前に離婚した元夫婦です。

在宅勤務のモトオが間違い電話をしたことで、久しぶりの会話が始まりました。会話はあくまでもスマホを通してのもので、リモートドラマでよく見る、Zoom会議風の画面ではありません。また全4話は、それぞれ別の夜の出来事です。

第1話。ユキコは、家族へのウイルス感染を心配する同僚から、独身であることを「うらやましい」と言われ、傷ついていました。口先だけで慰めるモトオに、ユキコが怒ります。驚いたモトオは、しゃっくりが止まらなくなり、思わずユキコも苦笑い。

第2話では、2人の離婚の原因が話題となります。別れるかどうかの話し合いの中で、当時、モトオが言った「ユキちゃんはどうしたいの? それに従うよ」という言葉が決定的だったと告白するユキコ。

モトオが家庭でも会社でも、言い争いやけんかを避けるのは、子どもの頃に亡くした妹との辛い思い出が原因だったことが明かされます。

第3話。お互い、ずっと気になっていたのに、確かめることを避けていた話が、ようやく出てきます。現在、付き合っている相手がいるかどうか。実は2人とも不在でした。

最終の第4話では、モトオの在宅勤務が終わることや、ユキコたちが弁当を届けている病院関係者への共感などが語られます。そして最後に、2人の「これから」についてモトオから提案が……。

この2人のように、互いが別々の場所にいて話をする場合、表情も見えず、思っていることが伝わりづらい。誤解されないようにと言葉が過剰になったり、その逆になったりします。

しかし、相手の顔が見えないからこそ、言える本音もあるはずです。また、目の前にいない分、少し優しくなれたりすることもあるでしょう。

会話だけのドラマを駆動させるのはセリフ以外にありません。本来、不自由であるはずの「リモートな日常」を梃子(てこ)にして、このドラマが人の気持ちの微妙なニュアンスまで描けていたのは、脚本の岡田恵和さん(NHK連続テレビ小説『ひよっこ』など)の功績です。

またドラマというより舞台劇、それも難しい一人芝居に近い構造ですが、吉田さんも大泉さんも見事に演じ切っていました。

自身をキャラクターに溶け込ませ、緩急の利いたセリフ回しと絶妙の間で笑わせたり、しんみりさせたりして、待望の「ドラマの時間」を堪能させてくれたのです。

確かに「リモートドラマ」は緊急対応で、苦肉の策だったかもしれません。しかし平時以上の創造力が発揮されたとき、リモートドラマという枠を超え、「ドラマ」というジャンルの地平を広げるような作品が生まれる。そんな可能性を示す1本でした。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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