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わざと?「ツッコミ所」満載でスタートした『知らなくていいコト』

碓井広義メディア文化評論家
番組サイトより

1月クールのドラマが始まりました。いつものことですが、どのドラマも第1話には力が入っています。どんな登場人物が繰り広げる、どんな内容の物語なのか。その「宣言」ともいえるのが初回だからです。

最近は、そのドラマを見続けるかどうかの判断が、すこぶる早くなっています。「そのうち面白くなるから、待っててね」は通用しません。いい悪いの問題ではなく、第1話で、どれだけ視聴者を引きつけられるかの勝負と言ってもいいでしょう。

さて、今期の注目作の一つである、吉高由里子主演『知らなくていいコト』(日本テレビ系)が、8日(水)にスタートしました。

主人公の真壁ケイト(吉高)は、東源出版が発行する「週刊イースト」の記者。マイペースの仕事ぶりで、よくデスク(山内圭哉)に怒鳴られていますが、スクープもとってくる、それなりに優秀な記者さんみたいです。

第1話の冒頭。ケイトの母親で、映画評論家&字幕翻訳者の真壁杏南(秋吉久美子)が、画面に出てきたと思ったら、くも膜下出血で急死してしまいます。その死の直前、娘に残した言葉が、「(あなたの)お父さんはキアヌ・リーブス」でした。

「え? キアヌ・リーブス??」と思ったのは、ケイトだけでなく視聴者も同様です。もちろん、それは見る側の興味を引くためでしょうが、突飛すぎて、ついていけない人も多かったと思います。

「ついていけない」といえば、葬儀の直後のケイトにも、やや違和感がありました。戻った自宅には恋人の野中(重岡大毅)が来ていて、2人でキアヌ・リーブスの話をして笑い合っているのです。

いやいや、母親を亡くして、その葬儀の直後に、自宅に置かれた遺影の前で、恋人と笑い合ったり、ハグしたりするかなあ(笑)。

しかも、その後、ケイトは母親の仕事部屋に入って、いきなり遺品の片付けを始めます。「キアヌ・リーブス父親説」を確かめるためかもしれませんが、淡々と段ボール箱を開けたりしている姿に、「この娘、母親の死を悲しんでいるのかな?」と疑問に思ってしまいました。

このタイミングで、恋人とのハグや遺品の点検が出来ちゃうヒロイン。それって、見る側は共感すると、制作側は思っているんだろうか。ちょっと困りました。

そして、翌週の「週刊イースト」発売日。ケイトは通勤電車に乗っているのですが、その車内の様子に、びっくりです。

何人もの乗客が「週刊イースト」を手にしており、そうでない人は「車内吊り」と呼ばれる、週刊誌の見出しが並んだ広告を眺めている。いやいや、すみませんが、「そんな光景、いつの時代?」てなもんです。

かつては電車の中で、新聞や週刊誌や文庫本を読んでいる人は、当たり前のように目につきました。しかし今は、座席にすわっている人も、立っている人も、そのほとんどが手元のスマホを見たり、操作したりしていますよね。

テロップでは「2019年11月20日」の出来事だと表示していたので、週刊誌の全盛時代といった昔の話じゃないわけで、この車内は「現実離れした描写」と言わざるを得ません。

次に、ケイトが書こうとして、上司に提案していたスクープ記事です。ざっくり言えば、「70歳の女性が、ネット上の架空の男(自称、難民キャンプで人助け中)に恋をして、2500万円も騙し取られている」という話。

編集長(佐々木蔵之介)は、「詐欺防止の意義がある」などと言っていましたが、「スクープ」と呼ぶには、あまりに弱すぎませんか? 

この後、ケイトは、被害者である茶道のお師匠さん(倍賞美津子)のところに弟子入りして、彼女の話を聞き出すと共に、記事にする許可を得ようとします。

それはいいのですが、茶室で、師匠がケイトに、手をついての挨拶に始まる「お作法」の説明をするあたりが、まあ、長いこと、長いこと。脚本なのか、演出なのかはともかく、退屈しそうで、かなり閉口しました。

それに、このお茶の先生、お稽古中にもかかわらず、電源を切らないままスマホを懐に入れており、メールの着信音がしつこいくらいに鳴り響きます。

茶室での作法も忘れて、恋しい男からの連絡を待っているという描写なのでしょうが、いくら被害者だからといっても、このお茶の先生に見る側が共感するのは難しいのではないでしょうか。

いわゆる「振り込め詐欺」の一種であり、現実に世の中で起きていることをドラマに取り込むのは結構なのですが、高齢者をめぐる詐欺の事例としては弱いですよね。

たとえば、昨年の8月から9月にかけて放送された、NHK土曜ドラマ『サギデカ』では、高齢者を狙った詐欺が、これでもかというほどリアルに展開されていました。

結局、お茶の先生は、「よろしいですわよ、好きなようにお書きあそばせ」と、ケイトに記事を書くことを許すのですが、ここも唐突感あり。

また、その記事は、編集長も「人間はいくつになっても恋をする」などと言って高く評価し、例によって電車内の「車内吊り」を乗客たちが注目していました。しかし、本当に、それほど「いい記事」と言えるのか、疑問です。

あれやこれやと、こんなに「ツッコミ所」満載で大丈夫だろうかという感じですが、もしかしたら、わざと、ゆるいツッコミ所をちりばめて、見る側の注目を集め、SNSなどで話題になることを狙ったのかもしれません。あくまでも、「もしかしたら」ですが。

ドラマの最後になって、どうやらケイトの父親はキアヌ・リーブスではなく(そりゃそうだ)、乃十阿徹(のとあとおる、小林薫)という、かつての殺人犯ではないか、ということになりました。

ここに至って、ようやく、「それなら2回目以降も見てみようか」と思った視聴者も多かったのではないでしょうか。

「お仕事系ヒューマンドラマ」を標榜していますが、「週刊誌記者」という仕事の実相も、「出生の謎」と「父の秘密」というヒューマンなテーマも、これから、どう展開されていくのか。

不要な「ツッコミ所」は初回だけで十分なので、2回目以降の「おお、そうきたか!」に期待したいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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