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高畑充希主演『同期のサクラ』は、今期「ナンバーワンドラマ」の予感

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

これは驚いた。先走りを承知でいえば、もしかしたら、今期ドラマのナンバーワン作品になるかもしれません。高畑充希主演『同期のサクラ』(日本テレビ系)のことです。

連続ドラマの初回は、これがどんな人物たちによる、どんな物語なのかを視聴者に提示する、大事な機会です。何しろ、3か月の間、つき合っていくかどうかを、多くの人が初回という「出合いがしら」で判断するわけですから。その意味で、9日放送の『同期のサクラ』第1話の求心力は相当なものでした。

「北野サクラ」の出現感

物語は、誰かがマンションの床に倒れているシーンから始まります。何と、これが主人公の北野サクラ(高畑充希)でした。病室のベッドで医療機器につながって寝ているサクラ。病名は脳挫傷で、意識が戻っていません。そんなサクラのかたわらに立つ、3人の青年と1人の女性。ここから話は一気に10年前へとさかのぼるのです。

2009年4月、大手ゼネコンである花村建設の入社式。社長(西岡徳馬)の長々とした挨拶に対し、手を挙げて感想を述べたのがサクラでした。曰く、いいことを言っているのに長すぎる。データの誤り。そして「間髪(かんはつ)」の読み間違いなどを指摘します。周囲はびっくりですが、サクラの真っ直ぐな性格がよく表れていました。

研修では、5人ずつのチームが作られます。サクラを班長とするグループは、木島葵(新田真剣佑)、清水菊夫(竜星涼)、土井蓮太郎(岡山天音)、そして月村百合(橋本愛)というメンバーです。

遊川和彦さん(『家政婦のミタ』『過保護のカホコ』など)の脚本は、ヒロインのサクラだけでなく、他の4人のキャラクターを一人一人丁寧に造形していて、見事でした。

この5人で、最終日に審査される「今後、会社がつくるべき建築物」の提案用模型を制作していきます。サクラは自分の故郷である離島に、花村建設が建造する予定の「橋」を、いわば先取りするつもりで作ろうと提案。実は、橋がなかったために、嵐の中、急病の母親を、父親が船で島から搬送しようとして、2人は亡くなっていたんですね。

自分にしか出来ないことをやる!

5人は作業を進めるのですが、どこまでいっても、サクラはなかなか納得しません。自分の「こだわり」を捨てません。帰りたくても帰れない「仲間」たち。

ついに百合(橋本愛)がキレます。そして、ここが初回のクライマックスでした。脚本の遊川さんは、百合にサクラを猛烈に罵倒させるのです。それも一気に。

「いい加減にしてくンないかなあ。アンタが夢とか理想を必死こいて語るから、こっちは気イつかって、つき合ってやってたけどさあ。そっちに振り回されるために、こっちがどれだけ迷惑してるか、わかってンの? どんな時も妥協せずに自分の信念まっしぐらみたいなこと言ってっけどさあ、組織に入ったら、そうはいかないの! 上司の理不尽な命令やクライアントの我がままなオファーに従わなきゃならないの! それが大人になって働くってことなの! アンタみたいに生きられる人間なんて、この世に一人もいないわ! この際だから言っとくけど、私たちアンタのこと、仲間だとか思ってないから! ただの同期入社で、たまたま班が同じになっただけ。頼むから、かえったヒナが最初に見た相手を親と思い込むみたいに、私たちのこと仲間とか言わないでくれる?」

サクラは、純粋で、素朴で、真面目で、硬くて、「空気」を読むとか、「忖度」するとか、そういう世知にたけたところがない貴重な存在ではあるけれど、「でも、きっとこの子はこのまま行ったら、いろんな壁にぶつかるんだろうなあ」と、本当は見る側も心配していた部分を、百合がストレートに言い放った。「これはちょっと、すごいドラマかもしれない」と思った瞬間です。

そして、ラストには、あらためて主人公の見せ場も用意されていました。模型審査会では社長賞を逃したものの、サクラ以外のメンバーは希望の部署に配属が決まります。

サクラは、社長賞の結果に対しても、他の班が制作した保育園が最も優れていると意見を言って、結局、志望する土木部には行けず、「人事部預かり」となりました。そう、やはりサクラには空気も忖度もありません。これからも生き辛いだろうなあ(笑)。でも、拍手!

会社を出る別れ際、落胆しているはずのサクラを気遣う4人に向かって、突然サクラが言います。

「諸君、あしたはもっといいものをつくろう!」

建築家のガウディが、バルセロナの「サグラダ・ファミリア」をつくっている頃、毎日、帰り際に、一緒に作業をしている人たちに向かって言い続けた言葉です。そして、サクラはこう続けました。

「私には夢があります。ふるさとの島に橋を架けることです。

 私には夢があります。一生信じ合える仲間をつくることです。

 私には夢があります。その仲間と、

 たくさんの人を幸せにする建物をつくることです。

 それだけは諦められないので、

 私は自分にしか出来ないことをやります!」

それはまるで歌舞伎の「大見得を切る」のような、堂々たる宣言でした。「自分にしか出来ないことをやる!」・・・それはサクラの宣言であり、女優・高畑充希の宣言であり、このドラマ自体の宣言にも聞こえました。「このドラマにしか出来ないことをやる!」という宣言。これにも拍手!

ストーリー、キャラクター、役者、そして演出

それにしても、高畑充希さんです。ショートカット、メガネ、やぼったい服装、笑顔なしの無表情、でも心から嬉しいと思ったときの笑顔は最高、というサクラを完全に自分のものにしています。この女優さん、いまだに進化しており、どんどん上手くなっているんですよね。それがすごい。

入社から10年後に、脳挫傷で意識不明に陥っているサクラ。人事部に送り込まれてから、ここに至る10年の間に、サクラとその「仲間」たちに一体何があったのか。

遊川さんによる重層的なオリジナルストーリー。高畑さんのサクラをはじめ、登場人物たちの興味を引くキャラクターと的確な演技。さらにテンポのいい演出と、よく練られた映像設計。これだけそろえば、そりゃ、次回からも見ちゃうよなあ(笑)。

あくまでも現時点での、暫定的「今期ナンバーワンドラマ」の称号を、期待を込めて、この『同期のサクラ』に贈呈したいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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