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TBSの「女子アナ」と「女性アナウンサー」、そして「元・女子アナ」

碓井広義メディア文化評論家
TBS放送センター(筆者撮影)

先日、TBSのスポーツ番組を見ていたら、大学の「教え子」が出ていました。上村彩子(かみむら さえこ)アナウンサーです。

上智大学文学部新聞学科の出身なのですが、在学中の2年生から4年生まで、ずっと私のゼミに在籍し、しっかり卒論も書き、2015年の春、卒業と同時にTBSに入りました。

元々スポーツが得意なこともあり、スポーツ系の番組はぴったりです。また、ゲストとのやりとりも、「親近感」と「節度」のバランスがよく、安心して見ていられました。

上村さんは現在26歳ですが、いわゆる「女子アナ29歳定年説」などに惑わされず、納得いくまでアナウンサーとして活躍してほしいと思っています。

というのは、最近、TBSを退社したアナウンサーが話題になることが多いですよね。それも、フリーランスの「アナウンサー」の仕事とは別の話題です。

ビューティ雑誌で「ハイレグ&胸元のザックリ開いた黄色の水着姿」を披露した(田中みな実アナ)とか、女性誌の表紙に「美尻を強調したタイトワンピース姿」で登場した(宇垣美里アナ)とか・・・。

もちろん、彼女たちはすでにタレントさんでもあるので、どんな「お仕事」をしても構わないわけですが、アナウンサーとしてやっていける力を持った人たちでもあり、その意味で「女子アナのセクシー対決」みたいな言われ方をされる露出の仕方は、「ちょっと、もったいないなあ」と思ったりします。

「女子アナ」は現代の花魁(おいらん)!?

いわゆる「女子アナ」をめぐって、思い出す本があります。元TBSアナウンサーで、現在はタレント、エッセイスト、ラジオパーソナリティなどとして活躍中の小島慶子さんが書いた、初の小説『わたしの神様』です。

お話の舞台はズバリ、民放キー局。主人公は「私には、ブスの気持ちがわからない」と豪語する、人気女子アナです。誰よりもスポットを浴びようと競い合い、同時に地位と権力を求めてうごめく男たちとも対峙する彼女たち。テレビドラマでは、そう簡単に描けない物語でした。

低迷しているニュース番組があります。キャスターを務めてきた佐野アリサが産休に入ることになり、抜擢されたのは人気ランキング1位の仁和まなみアナでした。育児に専念する先輩と、これを機にさらなる上を目指す後輩。フィクションであることは承知していても、彼女たちの言葉は、著者の経歴からくる“際どいリアル感”に満ちています。

例えば、ニュース番組担当の女性ディレクターは、女子アナを指して「ほんと、嫌になるわ。顔しか能のないバカ女たち」と手厳しい。

当のまなみは、心の中で言い返します。

「この世には二種類の人間しかいない。見た目で人を攻撃する人間と、愛玩する人間。どれだけ勉強したって、誰も見た目からは自由になれないのだ」。

さらに、「どんなに空っぽでも、欲しがられる限りは価値がある。(中略)他人が自分の中身まで見てくれると期待するなんて、そんなのブスの思い上がりだ。人は見たいものしか見ない」と容赦ありません。

また、この女性ディレクターが、アナウンサー試験に落ちた、自分の過去を踏まえて断言します。

「これは現代の花魁(おいらん)だと気付いた。知識と教養と美貌を兼ね備えていても、最終的には男に買われる女たちなのだ。(中略)自分で自分の値をつり上げて、男の欲望を最大限に引きつけるのだ。その才覚に長けた女が生き残る世界なのだと」

果たして、これらは極端に露悪的な表現なのでしょうか。いや、そうとは言い切れないのが、現在の女子アナの実態でしょう。小説ならではのデフォルメの中に、小説だからこそ書けた真実が垣間見えるのです。

「女性アナウンサー」と「女子アナ」

1980年代に、「楽しくなければテレビじゃない」をモットーにして、視聴率三冠王の地位に就いた当時のフジテレビが、女性アナウンサーをいわば「社内タレント」としてバラエティ番組に起用しました。

それがウケたこともあり、以後、歌って、踊って、カブリモノも辞さない「女子アナ」が、各局に続々と誕生していったのです。

小島さんは常々、TBSの局アナ時代を振り返り、「自分は局が望むような“かわいい女子アナ”にはなれなかったし、なりたいとも思わなかった」と語っています。できれば「女子アナ」ではなく、一人の「アナウンサー」として、仕事を全うしたかったと言うのです。しかし、それは許されなかった、と。

TBSを“定年退職”した、現フリーアナウンサーの吉川美代子さんは、小島さんの先輩にあたります。

吉川さんは、その著書『アナウンサーが教える 愛される話し方』の中で、「女子アナ」をアナウンサーの変種・別種と捉え、「社内タレント」としての功罪を指摘していました。アナウンサーは、文化や教養を伝える立場にあることを自覚せよ、と訴えたのです。

とはいえ、今後もテレビ局は、社内タレントとしての女子アナの採用を続けるでしょう。それは仕方がないとして、一方で真っ当な、もしくは本来のアナウンサーも採用・育成すべきだと思います。

実際、伝えることのプロとしてのアナウンサー、言葉の職人としてのアナウンサーは、目立たないけれども、各局に存在しています。その系譜を絶やしてはなりません! って、リキむこともないんですが(笑)。

というわけで、我が「教え子」にも、諸先輩の生き方をしっかり参照し、検討し、時には反面教師にもしながら、これからも頑張ってもらいたいと思う、今日このごろです。

スポーツ番組での上村アナ(筆者撮影)
スポーツ番組での上村アナ(筆者撮影)
メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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