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「お仕事ドラマ」を超えた、問題提起ドラマ『わたし、定時で帰ります。』

碓井広義メディア文化評論家
TBS『わたし、定時で帰ります。』番組サイトより

「お仕事ドラマ」の先へ

吉高由里子さんが主演する、火曜ドラマ『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)。原作は朱野帰子さんの同名小説です。

これまで吉高さんがドラマの中で取り組んできた「仕事」としては、『花子とアン』(2015年、NHK)での翻訳家、『東京タラレバ娘』(17年、日本テレビ)の脚本家、『正義のセ』(18年、同)の検事などがあります。

今回の仕事は「WEBディレクター」なのですが、意外や、今までの中で一番自然で、似合っていると思います。

脚本家だの検事だのと比べて、無理をしている感じが、あまりないんですね。見る側が余計なストレスを抱えないで済むという意味で、ありがたい。

32歳の東山結衣(吉高)は、企業のウェブサイトやアプリを制作する会社に入って10年になります。

周囲にはクセ者の部長・福永清次(ユースケ・サンタマリア)、優秀な上司で元婚約者でもある種田晃太郎(向井理)、そして短期の出産休暇で職場復帰した先輩・賤ヶ岳八重(内田有紀)などがいます。

結衣は仕事のできる中堅社員ですが、決して残業はしません。定時に会社を出るのがポリシーです。理由は明快で、「勤務時間」と「自分の時間」の間に、きちんとラインを引きたいからです。

たとえば、仕事が終わったら、行きつけの中国料理店「上海飯店」(店主役の江口のりこ、適役)でビールを飲んだり、現在の婚約者である諏訪巧(中丸雄一)と一緒に食事をしたり、ドラマを見たりするなど自分の好きなことをして過ごしたい。

もちろん、社内に軋轢(あつれき)はありますよね。「仕事する気があるのか」「会社ってそんなもんじゃない」といった声も彼女の耳に届きますが、マイペースで働いています。

それに結衣は、自分の考えを正義だとして他者に押しつけたりはしません。定時に退社するために効率よく仕事をしているのも、それが自分に合ったペースだからです。この「組織内における個人主義」の通し方も興味深い。

「働き方」と「生き方」を問う

最近の第4~5話では、クライアント企業として、スポーツ関連会社のランダー社が登場しました。

これがまた、トンデモ会社。しかし、現実になくはない雰囲気の会社です。「根性さえあれば、身体はついてくるもんだ!」みたいなことを言う、中西という男(大澄賢也)が現場を仕切っており、「パワハラ・セクハラ上等!」的な働き方をしています。

結衣のセクションに派遣で来ていたデザイナー、桜宮彩奈(清水くるみ)に対しても、クライアントの立場を使ってのセクハラ三昧。

ただし桜宮のほうも、「デザインよりも人付き合いで仕事をとる」という傾向があったのは事実で、こうした細かい描き方が、このドラマのリアリティを支えています。

リアリティといえば、ユースケさんが演じる福永部長も、「会社あるある」というか、「会社いるいる」のタイプですよね。

結衣の「働き方」について、ネチネチ言うだけじゃなく、部下の性格やタイプは無視して「もっと向上心!」とか、「高い志、持ってやれよ!」とか叱咤する。

かと思えば、何かあった時には、「穏便にね」と責任逃れも。さらに派遣の桜宮を便利に使っての、「接待」まがいのクライアントサービスも噴飯ものでした。

近年、政府が主導する「働き方改革」に背中を押され、企業は主に「制度」をいじってきました。しかし、人が変わらなければ、働き方など変わりはしません。このドラマは、まさにそこを描いて出色です。

当初、「たったひとりの反乱」の様相を呈していた結衣ですが、徐々に周囲を変えつつあります。

会社、仕事、そして「働き方」といったものが、自分の「生き方」とどう関わるのかを、明るさとユーモアも忘れずに問いかけるドラマとして、中盤から後半の展開が楽しみです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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