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脚本家・倉本聰が語った「俳優・萩原健一」、そして遺作・・・

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

萩原健一さんが、お亡くなりになりました。詳しい経緯がわからないので、突然の訃報という感じです。若いころから活躍されていたこともあり、68歳と知って、自分との意外な近さに少し驚いたのも事実です。

萩原さんは、いわば“同時代のスター”でした。グループサウンズ「ザ・テンプターズ」のヒット曲『神様お願い!』(1968年)や『エメラルドの伝説』(同)を聴いていたのは中学時代。ちょっと不良っぽく、とんでもなくカッコよかった。

『太陽にほえろ!』(72年、日本テレビ系)のマカロニ刑事。同じ72年、岸恵子さんとの映画『約束』が高校時代。互いに傷を負った者同士の切ない物語でした。兄貴みたいに思っていた萩原さんですが、「ショーケンは“俳優・萩原健一”になったんだなあ」と実感したものです。

続いての映画『青春の蹉跌』(74年)、そしてNHK大河ドラマ『勝海舟』(74年)、『傷だらけの天使」(74~75年、日本テレビ系)、『前略おふくろ様』(75年、同)などを見たのは大学時代です。

当時は、まさか後年、脚本家の倉本聰さんに、萩原さんのことをうかがう機会がやってくるなどとは、思ってもいませんでした。

脚本家・倉本聰が語った、俳優・萩原健一

まず、大河ドラマ『勝海舟』のときの話です・・・

「やっぱり興味深いのは坂本龍馬とか岡田以蔵ですよね。ああいうアウトローなやつらがいい。だから岡田以蔵を坂本龍馬に惚れてるオカマにしちゃったんだけど(笑い)」

岡田以蔵役は萩原健一。萩原は“このドラマで化けた”と評されることがある。

「ショーケン(※萩原の愛称)も面白く演じてましたね。すごい芝居するなこいつ、と思いましたよ」(倉本聰・碓井広義『ドラマへの遺言』新潮新書)

そして翌年には、あの『前略おふくろ様』が登場するのです・・・

「これは日テレからじゃなくて、ショーケン(萩原健一)からの依頼なんです。当時、テレビ局が直接、脚本家をつかまえようってことはそうはない。ないっていう言い方も変だけど、「おまえ、使ってやる」になる。

ところが、タレントに「お願いします」とオファーしに行くと、今度はタレントが、この作家が書いてくれるならって、局側に条件を出す。そういうことが多かったです」

日本テレビが萩原にオファーしたところ、「やってもいいけど倉本聰に書いて欲しい」という流れだったというのだ。

「実は日テレから話が来る前にショーケンが会いに来て、なにか2人でできないかって話してたんですよ。ショーケンはそれまで『傷だらけの天使』とか、いわゆるアウトローが多かった。

アウトローって上に立つ人がいないんですよ。自分が一番強い。僕はそれって良くないなと思ったんですね。高倉健さんの映画は必ず上に人がいることで成立している。頭が上がらない親分がいて、その人のために命を張るっていうのが東映の図式なんです。

たとえば鶴田浩二さんとか、嵐寛寿郎とかね。だから健さんが光る。つまり尊敬できる人間を持ってる人間が光るんです。尊敬される人間は別に光らない。自分がお山の大将になっていても限度があるから。ある時期から(※石原)裕ちゃんはそういう状態にあったんです。

で、ショーケンに今あなたのやってることはみんなお山の大将で良くないと。例えば板前の話をやるんだったら、あなたが頭の上がらないやつをいっぱいつけようじゃないかって話しました。おかげでショーケンは光ったんですね」(倉本聰・碓井広義『ドラマへの遺言』新潮新書)

・・・確かに、萩原さん演じるサブの上には、梅宮辰夫さん、八千草薫さん、北林谷栄さんなど「頭の上がらない存在」がいました。だからこそ、『前略』の萩原さんは光っていたわけですね。このとき、“お山の大将”とは違う魅力を生み出せたことは、その後の役者人生にとって大きかったと思います。

遺作となったドラマ『不惑のスクラム』

萩原健一さんが出演した、NHK土曜ドラマ『不惑のスクラム』が放送されたのは、昨年秋のことでした。

主人公は、かつて傷害致死事件を起こした丸川良平(高橋克典)。5年間服役して出所したが、仕事も家庭も失った自分に絶望していました。

河川敷で死のうとした際に出会ったのが、宇多津(萩原健一)という初老の男です。高校時代にラグビー部だった丸川は、宇多津が率いる草ラグビーチーム「大坂淀川ヤンチャーズ」に引っ張り込まれます。

このドラマの特色は、丸川だけでなくチームに所属する男たちにもしっかりスポットを当てていることでしょう。

たとえば陣野(渡辺いっけい)は、会社では窓際部署に送られ、自己主張ばかりの若手社員に閉口しています。13年前に妻が男と蒸発した家庭では、高校生の娘がろくに口をきいてくれません。

また宇多津の元部下である緒方(徳井優)は、ヤンチャーズの雑用を一手に引き受けていますが、家では妻と介護を要する母親が待っています。

そんな彼らにとって、週末のラグビーは日常を支える、心のオアシスのような存在なのです。いや、そういう存在をもつ男たちの幸福を描くドラマだと言っていい。

一度は丸川の過去が明らかになったことでチームの和が乱れましたが、再びスクラムを組むようになります。ところが、「誰ひとり、不要な人などいない」と言っていた宇多津(萩原)が病没してしまいます。

精神的支柱を失った男たちの揺れる心を、再び一つにしていったのは、やはり亡くなった宇多津という存在でした。

まさか遺作になるとは思いませんでしたが、このドラマの萩原さんは、自分自身のことよりも、自分を慕ってくれる後輩たちを思いやる初老の男の”静かな力強さ”を、やわらかく丁寧に演じて見事でした。

俳優・萩原健一、享年68。

合掌。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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