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見ないで終わるのは惜しい、深川麻衣『日本ボロ宿紀行』は奇跡の脱力系深夜ドラマ

碓井広義メディア文化評論家
(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

深川麻衣さんが、乃木坂46を卒業したのは2016年のことでした。その後、女優として活動を続け、現在放送中の朝ドラ『まんぷく』では、ヒロイン・立花福子(安藤サクラ)の姪、岡吉乃を演じています。

深川麻衣が挑んだ、テレ東「深夜ドラマ」

そして今期、晴れの「地上波連続ドラマ初主演」の舞台となったのが、意表をついたテレビ東京の深夜枠でした。ドラマ25『日本ボロ宿紀行』(金曜深夜0時52分)です。

ヒロインの篠宮春子(深川)は、零細芸能事務所の社長です。また、かつての人気歌手・桜庭龍二(高橋和也、好演)のマネジャーでもあります。

経営者だった父親(平田満)が急逝し、春子は突然社長になってしまったのです。同時に所属タレントは皆退社してしまい、残留したのは桜庭だけでした。

桜庭も辞めると言ったのですが、「売れ残りのCDを全部売ってからにしてください!」と春子が突っぱね、このたった1人の所属歌手と共に地方営業の旅に出ます。

とは言うものの、このドラマは「忘れられた一発屋歌手」の復活物語ではありません。2人が地方の旅先で泊まり歩く、古くて、安くて、独特の雰囲気を持った「宿」こそが、もう1人(1軒?)の主人公でしょう。

愛情を込めて「ボロ宿」と呼ぶ

春子は幼い頃、父親の地方営業について行った体験のおかげで、無類のボロ宿好きになってしまったのです。

毎回、ドラマの冒頭で、春子が言います。「歴史的価値のある古い宿から、驚くような安い宿までをひっくるめ、愛情を込めて“ボロ宿”と呼ぶのである」と。

この言葉は、原作となっている、上明戸聡さんの同名書籍にも書かれています。ただし、原作本はあくまでもノンフィクション。このドラマに登場するのも、毎回、実在の宿です。

新潟県燕市の「公楽園」は元ラブホで、お泊まりが2880円也。春子と桜庭の夕食は、節約のために自販機ディナーでした。また山小屋にしか見えない、群馬県嬬恋村にある「湯の花旅館」も、玄関に置かれた熊の剥製や巨大なサルノコシカケが、ボロ宿ムードを醸し出していました。

ふと思い浮かぶのは、架空の主人公が実在の店で食事をする、松重豊さん主演の『孤独のグルメ』(テレビ東京系)です。『日本ボロ宿紀行』は、いわばその宿屋版といった構造なのですが、マニアック度やニッチ度が半端じゃありません。まあ、それがこのドラマのキモだと言っていい。

行く先々で桜庭がマイクを握るのは、誰も歌なんか聴いていない温泉の広間だったり、何でもない公園の片隅だったり、まさかの「お猿さんショー」の前座だったりと、泣けてくるような場所ばかり。唯一のヒット曲「旅人」を熱唱した後、がっくりと落ち込む桜庭を引っ張るようにして、春子はその日の宿へと向かいます。

そのボロ宿で、壁のしみだの、傷んだ浴槽だの、古い消火器だのに感激する春子が、なんともおかしい。何より、「女優・深川麻衣」が平常心のまま頑張っている。もう、それだけで一見の価値ありと感じてしまう、奇跡的な脱力系深夜ドラマです。

それにしても深夜とはいえ、「よくぞこの企画が通ったものだ」と思いますね(笑)。マイウエイというより、アナザーウエイを行く、テレビ東京ならではの強みです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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