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『アンナチュラル』脚本家・野木亜紀子さんが、今だから語った『アンナチュラル』

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

今年の1月から3月まで放送された、石原さとみさん主演のドラマ『アンナチュラル』(TBS系)。オンエアが終わってから様々な賞を受賞したこともあり、今も話題になっています。

先日のドリマックス・テレビジョンの新井順子プロデューサーに続いて、6月24日(日)の「TBSレビュー」で、このドラマの脚本を書いた野木亜紀子さんに直接、お話をうかがうことができました。貴重な証言として、一部ですが採録しておきます。

碓井  そもそも不自然な死(アンチュラルデス)というテーマそのものがそれまでないものでした。新たな角度から見た不自然な死、不条理な死をベースにした物語が展開される。しかもそれが重層的で、単純に事件が起きて犯人を捕まえるという話じゃない。また登場する人物たちがそれぞれ物語を抱えている。この人物設定も見事だったと思います。

野木  もともとは法医学のドラマを作らないかという話をいただいたんですが、過去にも法医学ドラマはいくつかありました。何をしようかと思って調べていたら、2012年ころに内閣府主導で「死因究明医療センター」といった構想があったと、議事録みたいなものを読んで知ったんです。

碓井  ドラマの「UDIラボ(不自然死究明研究所)」だ。

野木  結局それは立ち消えになったんですけど、もしもそういうセンターが実際に出来ていたら、ということで架空の研究所を設定することにしました。

碓井  毎回のエピソードは完結しますが、全体の物語はつながっていく。視聴者側も「こうなるんじゃないかな」と予想しながら見るんだけど、キレイに裏切られる・・・そんな快感がありました。ストーリー展開と登場人物たちのキャラクター、これはニワトリと卵みたいですが、どちらが先に生まれたんでしょうか。

野木  法医学をテーマに、どんな話にするかを考えていたとき、いろいろ調べていったんですが、世の中の不幸な事件とか悲しい事件というのは、やはり「不条理だなあ」という印象が強かったんですね。法医学者っていうのは不条理なことと闘う人たちなんじゃないかと。

碓井  なるほど。

野木  その上で、どんな主人公にしようかということで、ミコト(石原さとみ)の設定から始まりました。そして、ドラマってチーム感というかキャストバランスみたいなことがすごく大事だと思うので、ミコトと女同士で仲のいい東海林夕子(市川実日子)や、視聴者目線で法医学のことを知らないキャラクターとして久部六郎(窪田正孝)を置いてみたり。そうやって5人の配置を終えてから、それぞれの細かいストーリーをつめていった感じです。

碓井  今、キャストの話が出ましたが、この役者さんが口にする台詞だと思って書く「当て書き」と、そうじゃない場合とでは違うと思うのですが、いかがですか。

野木  誰が演じるか、演出家がどんな演出をのせるかによって、さらに人間が重層的になり、人物造形が深まっていくところがあって。当て書きはしましたが、実際に完成作品に映っているキャストの皆さん、そして演出家が素晴らしく肉付けをして、より深めてくださったと思います。

碓井  野木さんは、書き上げたときに、ご自分で台詞を口にしてみる、つまり一人芝居みたいなことをなさるんですか?

野木  めちゃめちゃ、一人芝居します(笑)。基本は全部口に出してみる。完全に一人芝居です。やっぱり、やらないとわからないし、やってみて、だいぶ変わったりもするので。

碓井  最終話、特にミコト(石原さとみ)の「あなたの孤独に心から同情します」という台詞はすごかったですね。この『アンナチュラル』はオリジナルドラマです。つまり何もベースになるものがない。さっきの台詞もゼロから生み出されています。原作ありのドラマと原作なしのオリジナル。その一番の違いを伺ってみたいんですが。

野木  原作がある場合も、それだけでは足りない部分だとか、連ドラとして必要な部分だとかが、すごく出てきます。そんな中で、原作を壊さずにドラマとして成立させるって、実は針の穴を通すようなもので、すごく疲れる作業だったりするんです。

碓井  原作があるがゆえに大変?

野木  はい。それと比べると、オリジナルは制約がまったくないので。

碓井  僕の前に道はない(高村光太郎「道程」)、ですね。

野木  そうです。どっちに行ったっていいわけですよ。映像として、ドラマとして、何が一番映えるかってところのベストを尽くせる。そういう意味で、正直言って、とても楽ですね。

碓井  最後に伺いたいんですが、脚本家のやりがい、難しさと楽しさかもしれないですが、そのあたり、聞かせてください。

野木  脚本家にもいろいろいらっしゃると思いますけど、私の場合、単純にドラマが見たいだけなんですよ。

碓井  自分が見たい?

野木  そうです。自分が見たいんです。そんなに奇をてらわなくてもいいから、普通に面白いドラマを見せてくれと思うんですよ、私自身が。だから、とにかく面白いドラマを、ある種自分自身が見たいドラマをつくっているし、つくっていきたいなというところがありますね。書くこと自体は辛いんですけど(笑)。

碓井  辛いですか?(笑)

野木  辛いんです。8割、辛いですね。完成した映像を見るために、純粋に私はやってまして。

碓井  出来上がったドラマは自分へのご褒美みたいな?

野木  ええ。そのためにひたすら苦行を積んでると思っているので。

碓井  でも、そうやって『重版出来!』も『逃げ恥』も『アンナチュラル』も生まれてきたわけで、野木さんが苦しめば苦しむほど見る側は楽しめる作品になっていく。

野木  そうですね。

碓井  なので、ぜひ今後も苦しみ続けていただきたいと(笑)。

野木  はい、がんばります(笑)。

碓井  ありがとうございました。

「TBSレビュー」司会の秋沢淳子アナウンサー、脚本家・野木亜紀子さんと(筆者撮影)
「TBSレビュー」司会の秋沢淳子アナウンサー、脚本家・野木亜紀子さんと(筆者撮影)
メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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