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映画を愛した女優、そして映画に愛され続けた女優「吉永小百合」

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

マツコの知らない吉永小百合

現在公開中の映画『北の桜守』は、吉永小百合さんの120本目の出演作だそうですね。120本という数にびっくりしますが、約60年にわたる女優生活にも驚いてしまいます。

映画の公開前のキャンペーンだったのでしょう。ここしばらく、テレビで吉永小百合さんを何度も拝見しました。

中でも秀逸だったのが、先日放送された『マツコの知らない世界』(TBS系)です。かなり長い時間、マツコさん(マツコ・デラックス)と2人でトークを展開。しかもフリップの隠された部分を自らめくるという大サービスもしながら、これまでの仕事のことから私生活の一端までを率直に語っていたのです。

当時フジテレビのディレクターだった岡田太郎さんとの恋愛や結婚についての話もありました。これまであまり自分から話すことはなかった内容だったので、興味深く聞かせてもらいました。

見終わった時、これまで吉永さんに対して抱いていたイメージが、ちょっと変わったように思いました。というのは、ずっと「美しい優等生」という印象が強く、どこか人間離れというか、浮世離れした存在として見ていたからです。

この番組を見ているうちに、もちろん美しさも真面目さもそのままなのですが、人間味とか、あたたかさといったものを強く感じることができたのです。きっとマツコさんという稀有な才能が、吉永さんの素顔の一面を引き出してくれたのでしょう。

吉永小百合が愛した映画たち

そんなことから、もう少し吉永さんについて知りたくなりました。手に取ったのが、つい最近、吉永さんが上梓したばかりの『私が愛した映画たち』(集英社新書)です。この本では、自身の歩みと出演作について、自ら語っているのです。

取材・構成は、ベテランの映画評論家・立花珠樹さん。その信頼関係からだと思いますが、吉永さんのリアルな肉声が聞こえてくるような内容になっていました。

初期の代表作の一つが『キューポラのある街』(62年、日活)です。吉永さんが演じる鋳物職人の娘・ジュンの目を通して、貧困、親子、友情などを描いた社会派作品でした。

撮影前、浦山桐郎監督から「貧乏について、よく考えてごらん」と言われ、吉永さんは「私の家も貧乏です。貧乏はよく知っています。私、自信があります」と答えます。それに対して「君のところは、山の手の貧乏だろ、下町の貧乏っていうのがあるんだ」と浦山監督。それぞれの人柄が伝わってくるようなエピソードです。

また広島の被爆青年(渡哲也)と婚約者の悲劇をテーマとした『愛と死の記録』(66年、同)では、原爆ドームを象徴的に映したシーンと被爆者の顔のケロイドの映像をカットするよう、会社(日活)が命令を下します。この時、吉永さんは撮影所の芝生で、スタッフと一緒に黙って座り込みをするのですが、その表情や佇まいが浮かんでくるようです。

映画に愛された女優

さらにこの本で興味深いのは、スターであり人気女優であることの裏で、吉永さんが抱えていた悩みや葛藤です。たとえば、大学も卒業し忙しい日々が続く中、突然声が出なくなってしまいます。

当時、日活は「ロマンポルノ」の製作に乗り出していました。その影響もあって、吉永さんのドラマ出演が増えていたのです。声が出なくなったのは、単なる過労だけではないストレスが原因だったわけですが、山田洋次監督『男はつらいよ 柴又慕情』(72年、松竹)に救われます。

それを知って、DVDで『柴又慕情』を見直すと、吉永さん演じるヒロイン・歌子が時々見せる寂しげな表情も、また違ったものに見えてきました。この『柴又慕情』から1年後、両親の大反対を押し切って、フジテレビの岡田太郎さんと結婚するわけですが、これまたどこか映画の中の物語展開と重なってきます。

他にも市川崑、深作欣二、高倉健、松田優作といった映画人との様々な逸話が登場します。読んでいて伝わってきたのは、監督や共演者を含め、1本1本の作品と真摯に向き合おうとする、吉永さんの姿勢でした。

自分が演じる役柄としては「いろんなつらい部分やひどい部分を持ちながらも、まっすぐに生きていく女性が好き」であり、また役柄が「自分の中にまったくないものや、自分が絶対にしたくないものは、私はできないんです」という<告白>に接することができるのも、この本ならではでしょう。

吉永小百合さんは、書名のように「映画を愛した女優」であると同時に、「映画に愛され続けた女優」でもあるのだと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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