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新著20万部突破「女優・石田ゆり子」の稀有な魅力とは!?

碓井広義メディア文化評論家
撮影:筆者

新著『Lily ―日々のカケラ―』

女優・石田ゆり子さんの新著『Lily ―日々のカケラ―』(文藝春秋)が好評だそうです。1月に発売して、もう20万部突破だとか。

この本で、石田さんは自身のライフスタイルの一端を明かしています。家具や器や本など、自分で選んだ好きなものと一緒に暮らす生活。また「比べない、競わない」といった、生き方についても語っています。

伝わってくるのは、石田さんの充足感です。自分の価値観を大切にして、周囲とも無理のない距離感を保ちながら仕事や私生活を送る。そんな文章を読み、室内の美しい写真などを眺めていると、自分の世界がしっかりできており、たとえば結婚や同棲という形で、他者が入ってくることは不要というか、嫌かもしれないなあ(笑)、なんて思ったりもしました。

清純とエロスのハイブリッド

この本がきっかけで、つい先日、「石田ゆり子さんの魅力」について週刊誌の取材を受けただけでなく、出演した情報ワイド番組でもコメントを求められました。

私の回答はごくシンプルです。石田ゆり子という女優さんは「清純とエロスのハイブリッド」である。「清純とエロスを併せ持った女優さん」だという話をさせていただきました。

最近の、いわば「石田さん人気」の火付け役は、やはりドラマ『逃げ恥』こと『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS、2016年)だと思います。

石田さんは、ヒロイン・森山みくり(新垣結衣)の伯母、土屋百合を演じていました。化粧品会社で働くキャリアウーマンで、仕事もよくでき、部下たちにも慕われています。その一方、私生活では未婚のままで、さらに男性経験もありません。時には寂しいこともあるようですが、基本的には今の自分に満足している40代女性でした。

女子学生たちに訊くと、こんな友達みたいな素敵な伯母さん(みくりも「百合ちゃん」と呼んでいました)がいたらいいなあ、と思ったみたいです。

そして大事なポイントは、石田さんの魅力は年齢を超えた「清純」だけではないということ。『逃げ恥』においても片鱗を見せていましたが、「清純さ」に加えて、隠された「エロス」の部分が、石田さんをより魅力的にしているのです。

そんな「清純とエロスの融合」が発揮されたのは、以下のようなドラマでした。

『さよなら私』(NHK、14年)

もしも自分の妻と、浮気相手の女性の「心が入れ替わった」としたら。しかも妻と女性が高校の同級生で親友だったとしたら。そして妻が永作博美さんで、浮気相手が石田ゆり子さんだったとしたら。2014年秋に放送された、NHKドラマ10『さよなら私』はそんなドラマでした。

もちろん永作さんの夫である藤木直人さんは、「そんなこと」が起きているとは夢にも思わない。だから、いつものように石田さんのマンションを訪れ、彼女を抱きます。そんな藤木さんに、(石田さんの姿をした)永作さんはどんな思いで応えていたのか。残酷かつエロチックな場面でした。

見る側(視聴者)は真相を知っているのに、当事者である登場人物は知らない。この図式は物語作りの基本のひとつです。

2人の心が入れ替わる直前、永作さんに浮気を追及され、石田さんが反撃に出ます。「(夫の藤木さんと)してないんだってね、何年も。(微かに笑って)私とはしてるよ、会うたびにね。楽しくセックスしてる」。言っているのが石田さんだからこそ、見ていてドキドキする場面でした。

『コントレール~罪と恋~』(NHK、16年)

『逃げ恥』と同じ年、少し前に放送されたのが、NHKドラマ10『コントレール~罪と恋~』です。

通り魔事件に巻き込まれて亡くなった夫。残された妻(石田)は、夫に愛人がいたことを知ります。事件現場に居合わせた弁護士(井浦新)は、犯人と揉み合い、結果的に石田さんの夫を殺してしまう。井浦さんはショックで声が出なくなり、弁護士を辞めてトラック運転手となります。

6年後、街道沿いで食堂を営む石田さんは、客として来た井浦さんに魅かれます。だが、その素性は知らない。井浦さんは自分が殺めた男の妻だと分かりますが、気持ちは石田さんへと傾斜していきます。しかも、かつて事件を担当した刑事(原田泰造)も、石田さんに思いを寄せています。

石田さんが演じる、夫を亡くした45歳の女性が何ともセクシーでした。幼い息子の母親としての自分と、一人の女性としての自分。その葛藤に揺れながらも、衝動を抑えきれません。鏡の前で、久しぶりにルージュを手にする、石田さんの表情が絶品でした。

そして、CMでも・・・

CMの世界でも、石田さんの魅力は見事に表現されています。

たとえば、昨年のキリンチューハイ ビターズ「あなたの顔編」。部屋の中で、石田さんと2人、差し向かい。目の前で、グラスに“大人のビターチューハイ”を注いでくれます。しかも、「ゆるんで、いいよ」、「もっと、ゆるも」なんて言われちゃうわけで、世の男性陣は、そりゃもう、ゆるんで乾杯どころか完敗でした。

また、缶コーヒーのキリンファイア「漁港編」。石田さんは港の堤防に腰かけて、漁船の甲板で黙々と作業する男性を見守っています。

「素敵だよね。どんなに寒くても、こんなに朝早くから、一生懸命で」と心の中の声。漁師の青年がふっと堤防を見上げる。きっと誰かがいるような気がしたんでしょう。

すると石田さんは、「ありがとう。おつかれさま」と言って、缶コーヒーを差し出します。缶コーヒーに癒されるのか、石田さんに癒されるのか。実際には自販機で缶コーヒーを入手するんですけど(笑)、青年はちょっと一息入れることができるはずです。

薄れぬ神秘性とオーラ

そういうわけで、石田さんは、「清純とエロスを併せ持つ」という稀有な女優さんです。しかも自らの魅力をわかりながら、それを強調することなく、あくまでも自然体でいる。そこがまた凄いわけですね。だから圧迫感がないし、むしろ癒される。

まあ、そうは言っても、これって男性側の、いわば妄想かもしれません(笑)。しかし、テレビ画面やスクリーンに映し出されるものが、見る側に勝手な妄想を起こさせないようでは、一流の役者さんとは言えません。妄想は観客たちの夢でもあるからです。

石田さんが素晴らしいのは、今回のように自分を語るタイプの内容の本を出しても、かつての大女優、大スターが持っていたのと同様の、神秘性やオーラが薄れないことでしょう。いや、むしろ増幅しているかもしれない。

それは石田さんが、本名である「石田百合子」という女性と、「女優・石田ゆり子」の間に、自分なりの線引きをきちんとしており、自らの手で「自分を守る」ことができる人だからです。

最近は、マスコミがこの神秘性やオーラをはがすだけでなく、自分からそれを外してしまう俳優さん、女優さんも少なくありません。その意味でも、ありきたりな喩えですが、「平成の原節子」と呼ばれてもおかしくない、貴重な女優さんなのだと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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