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大河ドラマらしい大河ドラマ、その王道感が楽しめる「西郷どん」

碓井広義メディア文化評論家
上野の「西郷どん」(ペイレスイメージズ/アフロ)

「直虎」から「西郷」へ

昨年のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」は、そもそもの題材選びに難がありました。女性の場合、時代劇ではなかなか主軸になりづらいのです。過去の作品でいえば、「八重の桜」(2013年)は新島襄の妻で、「花燃ゆ」(15年)は吉田松陰の妹でしたよね。いずれも歴史上の人物を支えた立派な女性たちですが、大河としては不発でした。

また「直虎」では、その知名度の低さも足を引っ張ったと思います。よく知らない人物が主人公だと、見る側の関心が希薄になるのも仕方ありません。さらに直虎本人のエピソードが弱かったために、ダイナミックな物語展開にならなかった。実在した人物とはいえ、歴史上マイナーだった女性を大河の主人公にもってくるのは、柴咲コウさんの熱演があったとしても難しかったのです。

その点、今回の「西郷(せご)どん」は安心して見ていられます。大河では戦国時代と並んで王道の幕末・維新が舞台。西郷隆盛の知名度は抜群で、もちろん歴史上の重要人物です。それでいて、「偉人」という言葉だけではくくり切れない、西郷の人物像や果たした役割について、誰もが詳しく知っているわけではありません。これを機会に学んでみようか、という視聴者も多いでしょう。

鈴木亮平の躍動感

まず、西郷を演じる鈴木亮平さんのはつらつとした表情、セリフ回し(当時の日本は薩摩弁、土佐弁、会津弁など、出身が違えば互いに外国語を聞くみたいだったでしょうね)、そして動きが、すこぶる気持ちいい。鈴木さんは朝ドラ「花子とアン」で注目されました。真面目で優しくて包容力もある、ヒロイン(吉高由里子)の理想的な夫です。

しかし鈴木さんの持ち味はそれだけではありません。映画「HK/変態仮面」で見せた、針が振り切れたような全力演技が印象に残っています。「西郷どん」でも、気持ちが高揚した時に繰り出す“怒涛の寄り”など、偉丈夫の肉体派俳優、鈴木亮平ならではのものです。また喜怒哀楽がはっきりとわかる、裏表のない西郷の性格も、鈴木さんはよく体現しています。

渡辺謙の迫力

そしてもう一人、このドラマを熱いものにしているのが、島津斉彬役の渡辺謙さんでしょう。第4話で、斉彬は父親である斉興(鹿賀丈史)に藩主の座から降りるよう迫った時、弾を1発だけ込めたピストルで、なんと「ロシアンルーレット」をやってのけました。頭に銃口を押しつけ、本当に引き金をひく。弾が飛び出したら即死という、命を賭けた諫言(かんげん)です。その迫力は、まさに“世界のケン・ワタナベ”。画面の空気は一気に凝縮し、渡辺さんがこのドラマの主役に見えたほどでした。

また第5話では、藩主となった斉彬による「御前相撲大会」が開催されました。西郷たち若者は、この大会の勝利者となって、斉彬に直接、自分たちの思いを伝えようと計画します。画面狭しと闊歩する、まわし姿の男たち。しかも優勝した西郷は、斉彬と記念の相撲をとって、藩主を投げ飛ばしてしまいます。いかにも西郷らしい一幕でした。

脚本家・中園ミホの創意

実はこの第4話のロシアンルーレットも、第5話の相撲大会も、林真理子さんの原作小説「西郷どん!」(KADOKAWA)には書かれていません。脚本の中園ミホさんのオリジナルです。こうした創意に満ちた荒技が、ズバリと決まれば決まるほど、ドラマは盛り上がります。

今回は男っぽい、男くさい大河と言えます。だからこそ、西郷に思いを寄せる糸(黒木華)や、後の篤姫である於一(北川景子)が出てくるシーンが輝きます。このバランスがいい。

さらに、かつて大河ドラマ「翔ぶが如く」(1990年)で西郷を演じた、西田敏行さんを起用したナレーションも成功しています。悠揚迫らぬ調子に、ユーモアがほどよくブレンドされており、見ている側をリラックスさせてくれるのです。「西郷どん」は、全体として大河ドラマらしい大河ドラマであり、その王道感が楽しめます。

上野の「西郷どん」と
上野の「西郷どん」と
メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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