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石原さとみ主演『アンナチュラル』は、オリジナル脚本が光る新感覚サスペンス!? 

碓井広義メディア文化評論家
(ペイレスイメージズ/アフロ)

『逃げ恥』野木亜紀子のオリジナル脚本

ドラマのシナリオには2種類あります。一つが小説や漫画などの原作があるもの。もう一つは、原作なしのオリジナルです。前者は「脚色」と呼ばれ、本来はゼロからストーリーやキャラクターを作り上げる「脚本」とは異なるものです。もちろん、どちらがエライ!とかいう話ではありません。

たとえばアメリカのアカデミー賞などでは、「脚色賞」と「脚本賞」はきちんと区分されていますよね。しかし日本のドラマでは、どちらの場合も「脚本」と表示されることが多いです。

野木亜紀子さんは、いま波に乗っている脚本家の一人でしょう。一昨年の『重版出来!』(TBS系)、『逃げるは恥だが役に立つ』(同)で大ブレイクしましたが、どちらも漫画が原作でした。そんな野木さんの新作『アンナチュラル』(同)は、原作のない「オリジナル脚本」です。しかも主演は勢いのある石原さとみさん。石原さんが主人公を演じることを踏まえて書かれた、いわゆる「当て書き」の脚本となっています。

「科捜研の女」ならぬ、「不究研の女」!?

第1話、冒頭の場面。登場したのは石原さとみさんと市川実日子さんでした。おお、映画『シン・ゴジラ』の最強女性陣じゃないか。再び大怪獣にでも挑むのか。もちろん、違います。彼女たちが闘う相手は「不自然な死(アンナチュラル・デス)」。法医解剖医である三澄ミコト(石原)たちが働いているのは「不自然死究明研究所(UDIラボ)」です。

警察や自治体が持ち込む遺体を解剖し、死因をつきとめていく民間組織という、この設定自体が新機軸です。「科捜研の女」ならぬ、「不究研の女」ですね。(第何話だったか忘れましたが、「科捜研の沢口靖子だって忙しいのよ」という台詞が出てきて笑ってしまいました)

ミコトは警察官ではありませんから、捜査権はありません。ただし調査や検査を徹底的に行います。第1話では青年の突然死の原因を探っていました。警察の判断は「虚血性心疾患」(心不全)でしたが、検査の結果、心臓には問題がありませんでした。薬物による急性腎不全の疑いが出てくるのですが、肝心の毒物が特定できません。そこに遺体の第1発見者で婚約者でもある女性(山口紗弥加)が現れます。しかも彼女の仕事は劇薬毒物製品の開発で・・・という流れでしたが、この後に予想外の展開が待っていました。

絶妙な脚本に応える出演者たち

さらに驚かされたのが第3話です。物語のかなりの部分が「法廷劇」になっていました。舞台となったのはカリスマ主婦ブロガー殺人事件の裁判。ミコトは代理の証人として出廷します。被告は被害者の夫(温水洋一)であり、妻から精神的に追い詰められたことが動機だというのです。しかし、ミコトは証拠である包丁が本当の凶器ではないことを法廷で指摘します。被告もまた無実を主張しはじめました。

この回で出色だったのは、はじめは検察側の証人として法廷に立ったミコトが、次の裁判では被告側の証人へと転じて、敏腕検事(吹越満)と戦ったことです。この意外性たっぷりな展開こそ野木脚本の成果だと思います。何よりミステリー性とヒューマンのバランスが絶妙で、テンポは快調なのに急ぎ過ぎない語り口が見事です。

また出演者たちが脚本によく応えています。石原さんは『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』(日本テレビ系)の時とはまた趣きを変え、パワーを自在にコントロールする演技で堂々の座長ぶり。同僚の一匹狼型解剖医、中堂(井浦新、適役)のキャラクターも際立っています。第3話で片鱗を見せた、ミコトと中堂のコンビネーションが、今後も物語を動かしていくはずです。「不条理な死」を許さないプロたちを描く新感覚サスペンスとして、大いに楽しめる1本になっています。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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