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「黒澤明」と「黒澤映画」は、”観る”のはもちろん、“読む”のも楽しい!?(その2)

碓井広義メディア文化評論家
黒澤明監督(1910-1998)(写真:Kaku Kurita/アフロ)

『天国と地獄』を観直す

黒澤明監督の『天国と地獄』を、DVDで観直しました。個人的には、黒澤作品の中で最も好きな1本です。

元々は調べたいことがあって、「冒頭部分だけ観よう」なんて思っていたのですが、いやあ、権藤邸でのオープニングから、もう目が離せません(笑)。ついつい最後まで観てしまいました。

映画は(ドラマもそうですが)、「まず脚本だなあ」とあらためて実感します。原作としてクレジットされている、エド・マクベイン『キングの身代金』も面白いけれど、こうなると完全な“別物”ですから。

演出も役者も素晴らしいのですが、モノクロで映しだされる当時の横浜の風景がいい。映画の中の“風景”は、そのままフリーズドライというか、いわば保存されているわけで、昭和30年代の空気を体感できるのが嬉しいのです。

また、「こだま号」の車内から、外を撮影する際の邪魔になるからと、線路沿いの民家の二階をバラした(撤去した)話は、何度聞いても(読んでも)「いかにも黒澤監督!」というエピソードで、この作品を観るたび、ニヤリとしてしまいます。

『大系 黒澤明』と『血の玉座~黒澤明と三船敏郎の映画世界』

浜野保樹:編・解説『大系 黒澤明』(講談社)の第2巻を開いてみます。このシリーズは時間順で構成されていて、第2巻は1952年から73年までを扱っています。それは、「東宝への復帰」から「時代劇三部作」を経て、「黒澤プロダクション」へと至る、黒澤監督にとってダイナミックな時代に当たります。

嬉しいのは、この時期に生み出されたのが『七人の侍』『用心棒』『天国と地獄』などで、好きな作品が多いことです。中でも、11両編成の「特急こだま」を借り切って行われた『天国と地獄』の撮影裏話は、読んでいてもわくわくします。

また、撮った作品だけでなく、実現しなかった企画や作品に関する文章や発言を読めるのも有難いですね。

たとえば、1964年に開催された「東京オリンピック」の記録映画についてなど、とても興味深いです。黒澤監督側が提示した予算と、組織委員会のそれとが大きく食い違い、結局、この仕事から降りてしまうのです。代わりに撮ったのが、市川崑監督でした。

そういえば、黒澤監督は『トラ・トラ・トラ!』も降りましたが、この本には、その辺りの内幕というか、事情も出てきて、飽きさせません。

『大系 黒澤明』全5巻、黒澤監督の「全著述・全発言を集大成」という堂々のフレコミに嘘はない、と言えます。雑誌に載った小さな文章や、埋もれていた座談会もしっかり収められているし、初めて見る写真も満載。浜野さん(東大教授)のまさに労作です。

上島春彦 『血の玉座~黒澤明と三船敏郎の映画世界』(作品社)は、黒澤監督に関する出版物の中でも異色の一冊です。俳優・三船敏郎に注目し、黒澤映画を「三船が主演した16本から解読する」挑戦的な試みだからです。

例えば「ボディ・ダブル~黒澤的分身の成り立ち」の章は、主人公と敵対者や師との関係を「分身」という概念で捉える論考。著者によれば、『野良犬』とは三船を指すだけでなく先輩刑事の志村喬も同様であると。そして木村功が演じる犯人は狂犬。いずれも“青二才”三船の分身なんですね。

また「血の玉座~『蜘蛛巣城』論」では、内と外を隔てる「門」に着目します。『羅生門』や『赤ひげ』に登場する門とも比較しながら、一見、単なる建造物に過ぎない「門」が、登場人物たちの関係性を伝えていることを明かします。ある意味で黒澤の分身でもあった三船が“青二才”でなくなった時、二人に「長い別れ」が訪れたのでした。

まだまだある「黒澤本」・・・

元NHKカメラマンで、その後大学の教壇に立ってきた都築政昭さんにとって、『黒澤明~全作品と全生涯』(東京書籍)は、なんと10冊目の黒澤本です。評伝と作品研究はもちろんですが、黒澤監督のシナリオ作法や、カメラワークに関しての解説が出色です。「何を描くか」「いかに描くか」にこだわり続けた黒澤明の真髄がここにあります。

ステュアート・ガルブレイス4世:著、櫻井英里子:訳 『黒澤明と三船敏郎』(亜紀書房)の著者は、アメリカ人映画評論家。黒澤監督と三船の生涯を一冊の伝記とすることを目指し、厚さ5センチの大部にまとめ上げました。この本の特色は、映画公開当時の欧米の評論が多数引用されていることです。また関係者たちへのインタビュー取材も資料的価値が高いと思います。

『喜劇映画論~チャップリンから北野武まで』(桜雲社)は、ずっと「お笑い芸の範囲にとどまらない演技術の歴史を書きたいと思っていた」と思っていたという、佐藤忠男さんの著作です。本書には、小津安二郎のギャグから「黒澤明作品における道化」、さらにウッディ・アレンが生み出す笑いの解読までが並んでいます。かつて低俗文化と呼ばれた喜劇が持っている豊かさと鋭さを知る一冊です。

野上照代さんは、黒澤明監督作品には不可欠だったスクリプター。『もう一度 天気待ち~監督・黒澤明とともに』(草思社)では、身近で見てきた監督と俳優、制作現場の秘話までを開陳しています。この本は、以前出版された回想記に、新たな書き下ろしを加えた復刊です。三船敏郎や仲代達矢が、いかに黒澤監督と切り結んだか。監督の執念の凄さも含めて描かれていきます。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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