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武井咲主演『黒革の手帖』が大健闘している理由とは!?

碓井広義メディア文化評論家

35年の歴史をもつドラマ『黒革の手帖』

木曜ドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)の好調が伝えられています。主人公の原口元子(武井咲さん)は銀座にある高級クラブ「カルネ(手帖の意味)」のママ。しかし、元々は東林銀行で働くマジメな銀行員でした。それがある日、銀行が隠す不正な架空名義預金を横領し、それを元手に店をオープンしたのです。

原作は1980年に出版された、松本清張さんの同名小説です。これまでに何度もドラマ化され、その時代にふさわしい「元子」が登場してきました。

中でも、1982年の山本陽子さんが印象に残っています。女優になる前にOL経験があった山本さん。その銀行員姿は凛としており、また銀座のママとしての艶やかさも抜きん出ていました。

2004年の米倉涼子さんは記憶に新しいですね。この時の米倉さんは、「元モデルの女優」から「本格女優」へのジャンプを決意したのだと思います。身体を張って元子を演じる米倉さんの気迫は、画面からも伝わってきました。

そして、今回の武井咲さんです。この役を武井さんが演じると報じられた際は、「若過ぎるだろう」とか「銀座のママのイメージと違うよね」といった声も聞こえましたが、ほぼ杞憂だったようです。普通の学生やOL役などでは、やや浮いてしまいそうな武井さんの美貌が、夜の銀座という“異世界”で大いに生かされているからです。

原作とは異なる「オリジナル部分」

もちろん、今回の武井咲主演版が予想以上に大健闘している理由は、それだけではありません。このドラマでは、脚本の羽原大介さんが仕掛けた、原作とは異なる「オリジナル部分」が、物語と登場人物の造形に功を奏しているのです。

現在までのところ(この後も出てくるはずですが)、オリジナル部分の大きなポイントは4つあります。まず、原作では「銀行の正社員」だった元子を、「派遣の銀行員」としたことです。

松本清張さんがこの小説を週刊誌に連載していたのは1970年代末のこと。当時はまだ、銀行における女性行員は、適当な年齢になったら結婚退職していくものとされていました。また、たとえ辞めなくても、男性行員と違って出世とは無縁の状態に置かれていました。原作の元子は入行して15年のベテランであり、そのことに不満と絶望感を抱えていたのです。

 

ドラマの元子は、派遣であるために、不祥事を起こした女性行員の代わりに罪をなすりつけられ、いきなり契約を切られてしまいます。銀行が隠している架空名義預金1億8千万円の横領を決行するのは、”派遣切り”された直後です。「派遣」という設定は、元子がそれなりに「弱者」の立場だったことを、見る側に印象づけました。

第2のオリジナル部分は、亡くなった父親が残した借金のために、元子と母親が苦労した「過去」をきちんと描いたことです。母親は、夫に代わって借金を自分が背負う「念書」を書かされます。これはずっと尾を引いて、母親の後は、大人になった元子が引き継ぐことになります。借金と念書の怖さを象徴する場面は、繰り返し挿入されました。そのため、本来は悪女であるはずの元子に、見る側がどこか“肩入れ”する余地が生まれたのです。

「銀座で一番若いママ」という<意味>

そして、有効なオリジナル部分の3番目は、「銀座のママ」としては若い、23歳という武井さんの実年齢を逆手にとって、「銀座で最年少のママ」という設定にしたことです。

元子を演じた先輩女優たち(山本陽子さん、大谷直子さん、米倉涼子さんなど)と比べて、武井咲さんが若いことは、まぎれもない<事実>です。しかし、このドラマでは、その事実を、「銀座で一番若いママ」という<意味>に変えてしまったわけです。

「銀座で一番若いママ」を、セリフとして真矢ミキさん演じるベテラン銀座ママなどに何度も言わせることで、武井咲版「元子」の若さや、幼さや、背伸びや、強がっている様子などに、「何しろ最年少だから」という納得感、リアル感を与えました。

そういえば「最年少」は、将棋の藤井聡太四段(15)に代表される、今年のキーワードの一つです。巨人・坂本勇人選手(28)が、右打者史上最年少で1500安打達成。幸英明騎手(41)のJRA通算1万8000回騎乗が最年少記録。市川海老蔵さんと故・小林麻央さんの長男、勸玄(かんげん)ちゃん(4)が史上最年少で宙乗りを披露。「最年少の銀座ママ」は、しっかりトレンドに乗っているのです(笑)。

さらに4番目の変更点は、ホステスの波子(仲里依紗さん)。原作では、飛び込みでホステスを志願してきた女性でした。それを元子と同じ銀行で働いていた、(同じく派遣の)銀行員としたことです。一緒に派遣切りに遭った波子は、銀座に来てから徐々にその本性を現していきますが、元子の過去を知る人間が近くにいることで、物語に緊張感が生まれました。仲里依紗さんは、『あなたのことはそれほど』(TBS系)の“夫に浮気された妻”も怖かったですが、このドラマでも腹の底の見えない怖さがあります。

そんな仲里依紗さんをはじめ、脇役陣も充実しています。銀座ママの真矢ミキさん(やはり『ビビット』より似合います)、病院長の奥田英二さん(いまや女優・安藤サクラさんの父)、議員秘書の江口洋介さん(『ひとつ屋根の下』のあんちゃんも49歳)、銀行次長の滝藤賢一さん(登場するだけで不穏な空気が漂う名脇役)、そして看護師長の高畑淳子さん(復活ですか?)など、いかにも“らしい”面々が、「若き座長」武井咲さんを支えています。

ひとまず、執念の「成り上がり」を達成したかのように見える元子ですが、無理を重ねてきた分、この先に試練が待ち受けていることは必至。だからこそ、当分、目が離せません。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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