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天野春子から谷田部みね子へ、「ひよっこ」有村架純が”昭和”をつなぐ!?

碓井広義メディア文化評論家

「ひよっこ」の明るさ

NHK朝ドラ「ひよっこ」が始まって2週間がたちました。久しぶりで、明るくて気持ちのいい朝ドラを見ています。

何しろ前作の「べっぴんさん」は、“実業家”になってからのヒロインの表情が暗かった(笑)。「お嬢様といわれる私も仕事のこと家庭のこと、考えることがあるんですよ」という表現だったのかもしれませんが、いつも悩んでいるような顔をした主人公というのは、結構しんどかったです。

その点、「ひよっこ」はありがたい。まずヒロイン・谷田部みね子(有村架純)の明るさ、家族や故郷への素朴な思いにホッとさせられます。確かに現在、物語の助走段階が終わって、父の実(沢村一樹、好演)が出稼ぎ先の東京で行方不明という事態が発生し、みね子も笑ってばかりはいられなくなりました。しかし、すでにヒロインの“本質的な明るさ”は十分認識できたので、今後の展開を見守るばかりです。

ヒロインの人生は“未知数”

このドラマの大きな魅力は、ヒロインのみね子が「これからどうなっていくのか、わからない」ことにあります。いや、「何言ってんの?」と思うかもしれませんが(笑)、これって、かなり重要なポイントなのです。

今後のみね子は、子供服「ファミリア」の創業者(「べっぴんさん」)として成功するわけではありません。同じく、「暮しの手帖」を創刊する(「とと姉ちゃん」)こともしないし、「大同生命」や「日本女子大学」の創立に関わって名を残したり(「あさが来た」)しません。もちろん翻訳家として「赤毛のアン」を世に送り出す(「花子とアン」)こともないのです。

「ひよっこ」のみね子は、いまだ何者でもなく、またこれから何者になるのかも未定です。いわば、“未知数”の人間。未読の「物語」をひも解く時、結末がわかった状態で読むのと、そうじゃないのとでは、読むことの楽しみがまったく違ってきます。実在の人物をモデルやモチーフにしたドラマの面白さは十分認めた上で、「この娘(こ)、どうなっていくんだろう」という自然な興味で視聴参加できる、今回の朝ドラを歓迎したいと思います。

ヒロインを取り巻く人々

みね子を取り巻く登場人物たちも、なかなか魅力的です。本当は地元で農業に専念したいのに、家族のためと出稼ぎに出ている実。稲刈りのために出稼ぎから戻った夫を、一番お気に入りのブラウスで迎える母・美代子(木村佳乃、熱演)。息子が不在の家を黙々と支えている祖父(古谷一行、貫録)。みね子の親友・時子(佐久間由衣、注目株)と、その母で美代子の幼なじみでもある君子(羽田美智子、安定感)も、ヒロインとその家族を支えています。

第1週で、夜、みね子が親たちの会話に入れてもらうエピソードが印象的でした。子供に家の経済の話をきちんと聞かせるのは、大人扱いを始めた証拠。「私はこの夜のことを忘れません」と言うみね子もほほ笑ましい。地方の農村というだけでなく、かつて当たり前に存在した家族の姿の一端がそこにありました。

さらに東京にも、今後のみね子に大きく関わりそうなレストラン「すずふり亭」の店主・牧野鈴子(宮本“夏ばっぱ”信子、安心感)や、鈴子の息子で料理長の省吾(佐々木蔵之介、大物感)などがいます。奥茨城と東京に配された人物たちは、今後の“おつき合い”を思った時、それぞれに好ましいキャラクターです。

有村架純がつなぐ「昭和」

「ひよっこ」の時代背景は、東京オリンピックで勢いをつけ、「三丁目の夕日」的な昭和30年代から、「大阪万国博覧会」に象徴される経済発展の昭和40年代へと移行する時代です。そのちょうど境目、1964(昭和39)年から始まる物語という設定も効いています。

当時、東京オリンピックという“国家的イベント”が、地方からはどんなふうに見えたのか。いや、オリンピックだけではありません。この時代、経済成長やテレビの普及などが全国の町や村に及ぼした影響も、さまざまな形で描かれていくはずです。

朝ドラ「あまちゃん」の主人公・アキ(能年玲奈)の母親、天野春子。若き日の春子(有村架純)がアイドルになることを目指して、北三陸から家出同然に上京したのは1984(昭和59)年でした。テレビやラジオから、松田聖子「ピンクのモーツァルト」、中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」、そして小泉今日子「スターダスト・メモリー」といった曲が聞こえていた年です。

それは現在の「ひよっこ」の物語時制である1964年から、ちょうど20年後のことです。天野春子から谷田部みね子へと、有村架純がつなぐ「昭和」。この国が大きく変化した20年がそこにあります。

半年間、つき合えそうな朝ドラ

「ひよっこ」の脚本は、朝ドラ「おひさま」「ちゅらさん」などを手がけてきた岡田恵和さん。放送開始からの2週間、あまり足早にならず、じっくりと丁寧に「時代背景」と「地域性」と「登場人物」たちを視聴者になじませてきたことは、岡田さんのお手柄でしょう。

毎日の、そして毎週の視聴率も上がれば上がったで、下がったら下がったで話題にされ続けると思いますが(笑)、肝心なのは、個々の視聴者が自分なりの楽しみを見出せるかどうかです。まずは、「半年間、つき合えそうな朝ドラ」と言える立ち上がりを喜びたいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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