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昨年出版された、映画がもっと楽しくなる本

碓井広義メディア文化評論家

洋画だけでなく、邦画もかなり盛り上がった2016年。映画は、観るのはもちろん、読むのも楽しいものです。そこで、昨年出版された「映画本」の中から、オススメの何冊かを紹介してみます。

『健さんと文太 映画プロデューサーの仕事論』(光文社新書)

日下部五朗

今も週に1度は映画館のスクリーンと向き合うが、最も映画館に通ったのは70年代の学生時代だ。ただし、封切りを観るのはバイト代を手にした直後のみ。普段は二番館や三番館、そして名画座が定番だった。特に、数百円で2、3本の映画を観ることができる名画座は、学生には有難かった。

おかげで小中学生の頃に公開された高倉健の任侠映画も、オールナイトの特集でほぼ全作を追いかけることができた。

思えば60年代の後半の東映は、『日本侠客伝』『昭和残侠伝』『網走番外地』という3つのシリーズを同時進行で製作していたのだから、健さんも、東映も尋常ではない。いや、狂気の沙汰だ。

一方、73年に始まった『仁義なき戦い』シリーズはリアルタイムで観ている。映画館いっぱいに罵声と銃声が響き渡っていた。菅原文太は本物のやくざじゃないかと思ったものだ。

毎回スクリーンに映し出される筆文字で、「日下部五朗(くさかべ ごろう)」という、どこか凄味のあるプロデューサーの名前を覚えてしまった。こんなトンデモナイ映画ばかり作るのは、一体どんな人なのかと想像していたが、やはりトンデモナイ人(もちろん褒め言葉です)だったことが本書でわかる。

著者は、「プロデューサーは自分のコントロールできない監督、俳優と組んではいけない」と言う。何より「自分の意志が通せるかどうか」が問題なのだと。そこにあるのは、映画はプロデューサーが作る、という自負と自信だ。

こういう人物が語る高倉健や菅原文太が、面白くないわけがない。「健さんが制服の男とすれば、さしずめ文太は普段着の男」などと、さらりと言ってのける。ここでは紹介できないような秘蔵エピソードも満載だ。

『映画を撮りながら考えたこと』(ミシマ社)

是枝裕和

『幻の光』で監督デビューして21年。昨年公開された『海よりもまだ深く』は、是枝監督にとって12作目にあたる。本書は、テレビディレクター時代から現在までの取り組みを自ら総括する一冊。時に「ドキュメンタリー的」と評される作品が生まれる背景が興味深い。独自の創作・表現論でもある。

『ダルトン・トランボ~ハリウッドのブラックリストに挙げられた男』(七つ森書館)

ジェニファー ワーナー:著、梓澤登 :訳

第二次大戦後、ハリウッドで吹き荒れた赤狩り旋風。売れっ子脚本家だったトランボも直撃を受け、仕事を奪われた。しかし彼は偽名で傑作を書き続け、『ローマの休日』などで2度アカデミー賞を受ける。あふれる才能と不屈の精神。闘い続けた男の70年の生涯は、この本を原作に映画化され(『トランボ~ハリウッドに最も嫌われた男』)、日本でも昨年公開された。

『「世界のクロサワ」をプロデュースした男』(山川出版社)

鈴木義昭

『生きる』、『七人の侍』など数々の黒澤明監督作品で、プロデューサーを務めたのが本木荘二郎だ。しかし、黒澤自身が語りたがらなかったこともあり(その理由は本書で)、日本映画の“正史”から置き去りにされてきた。この本は、本木の初の本格評伝であり、起伏に富んだ映画人の軌跡を明らかにする労作だ。高校時代に随分お世話になった、あの「歴史と教科書の山川出版社」から出たことも、何やら嬉しい。

『鬼才 五社英雄の生涯』(文春新書)

春日太一

1960年代に、『三匹の侍』(フジテレビ系)でテレビ時代劇の既成概念を打ち破り、80年代には、『鬼龍院花子の生涯』『極道の妻たち』などの大ヒット映画を生んだ五社英雄監督。毀誉褒貶の激しい63年の人生を、作品分析、本人の言葉、そして取材による事実の掘り起こしで見事に再構築した、熱い快作である。

『いつかギラギラする日~角川春樹の映画革命』(角川春樹事務所)

角川春樹、清水 節

昨年も、カップヌードルのCMが、見事なパロディにしていた映画『犬神家の一族』。その公開から40年が過ぎて、「製作者・角川春樹」も74歳となった。本書は70本にもおよぶ「角川映画」の流れをたどり、その意味を探るノンフィクションだ。元々は書籍の販売戦略だった映画製作が、目的を超えた文化運動へと転化し、やがて時代を動かしていったプロセスが明かされる。

『最も危険なアメリカ映画~「國民の創生」から「バック・トゥ・ザ・フューチャー」まで』(集英社インターナショナル)

町山智浩

映画は社会の“合わせ鏡”だ。テーマや内容は、そのときどきの時代や社会を映し出している。たとえ、それが隠されたものであっても。著者は過去のアメリカ映画を検証し、トランプを次期大統領に選んだ国の本質に迫っていく。中でも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が、意図して「描かなかったこと」の分析は出色。どの作品も見直したくなること必至だ。

『怪獣から読む戦後ポピュラー・カルチャー~特撮映画・SFジャンル形成史』(青弓社)

森下 達

大ヒットが続いている『君の名は。』と並んで、昨年の映画界を席巻した感のある『シン・ゴジラ』。62年前の『ゴジラ』公開から現在まで、「特撮映画」とその解釈はいかに変遷してきたのか。気鋭の研究者である著者は、SFという文化と交差させながら、「非政治性」をキーワードに解読していく。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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