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注目作で振り返る「2015年のテレビCM」

碓井広義メディア文化評論家

日経MJ(日経流通新聞)の年末恒例企画、「テレビCMトップ10」が発表されました。

「2015年のテレビCMトップ10」

1位 au(KDDI)松田翔太、桐谷健太、浜田岳 <86点>

2位 ライザップ(RIZAP)赤井英和、香取慎吾 <46点>

3位 ジョージア(日本コカ・コーラ)山田孝之 <37点>

4位 カップヌードル(日清食品)錦織圭、橋本環奈、西内まりや <31点>

5位 ポッキー(江崎グリコ)三代目 j soul brothers from exile tribe <19点>

6位 カロリーメイト(大塚製薬)平祐奈 <18点>

6位 ラ王(日清食品)西島秀俊 <18点>

8位 ポカリスエット(大塚製薬)吉田羊、鈴木梨央、中条あやみ <17点>

8位 WAKE(ダイハツ工業)玉山鉄二、中島広稀 <17点>

10位 ネオレスト(TOTO)横田栄司、寺田心 <16点>

この1年間に放送されたテレビCMのうち、「広告効果が高い」と思われるものについて、識者10人がトップ10を挙げ、それを点数化したものです。1位の最高点は100点。

私を含む選者(回答者)10人は以下の各氏です。(五十音順、敬称略)

碓井広義(上智大学文学部新聞学科教授)

川島蓉子(ifs未来研究所所長)

草場滋(メディアプランナー)

佐々木豊(日本デザインセンターブランドデザイン研究所所長)

関根心太郎(CM総合研究所代表)

田中理沙(宣伝会議取締役編集室長)

松田久一(JMR生活総合研究所代表)

神酒大亮(ムービーインパクト代表)

村山らむね(通販評論家)

山田美保子(放送作家・コラムニスト) 

(日経MJ 2015.12.28)

詳しい内容は本紙をご覧いただくとして、ここにランクインしたものも含め、個人的に注目した「2015年のCM」を振り返ってみたいと思います。

「2015年の極私的注目CM」(順不同)

●TOTO 「ネオレスト 菌の親子篇」

ネット社会を痛烈に批判した『ネット・バカ』の著者ニコラス・G・カー。その新作が『オートメーション・バカ』だ。飛行機から医療まで、社会のあらゆる部分が「自動化」された現在、利便性に慣れるあまり、それなしではいられない事態に陥っていないかと警告する。

カーの言い分も分かるが、こと温水洗浄トイレに関しては譲れない。悩める人々に福音をもたらした世紀の発明品だと思っている。1982年に登場した、戸川純さんの「おしりだって、洗ってほしい。」というCMも衝撃的だった。コピーは巨匠・仲畑貴志さんだ。

その後も進化を続け、新製品では見えない汚れや菌を分解・除菌し、その発生さえ抑制するという。これではトイレに生息する“菌の親子”、ビッグベンとリトルベンもたまったものではない。 除菌水の威力を見た息子菌(寺田心くん)の「悲しくなるほど清潔だね」のせりふが泣けてくる。ごめんね、リトルベン。

●ソフトバンクモバイル 「白戸家 お父さん回想する篇」

映画『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』を、有楽町の日劇で見たのは全米公開翌年の1978年。それから約20年後に作られたのが『エピソード1/ファントム・メナス』である。後にダース・ベイダーとなるアナキン・スカイウォーカーの少年時代を描いた、後日談ならぬ衝撃の“前日談”だった。

この「お父さん回想する篇」で驚いたのは、お父さん(声・北大路欣也さん)とお母さん(樋口可南子さん)が高校の同級生で、当時の“見た目”は染谷将太さんと広瀬すずさんだったことだ。特に今年の目玉、超新星アイドルである広瀬さんの起用はお見事でした。

また、染谷さんが上戸彩さんにそっくりな保健室の先生(上戸さんの二役)にトキメクのも、後年のお父さんを彷彿とさせて苦笑いだ。今後、染谷さんと広瀬さん、二人の高校時代を舞台に、回想の枠を超えた“前日談”の物語が展開されてもおかしくない。いや、ぜひ見てみたいものだ。

●明治 「果汁グミ 変身ぶどう篇」

思えば「グミ」は不思議な食べ物だ。成分は果汁などとゼラチン。名称はゴムを意味するドイツ語が由来となっている。歯の健康に寄与する菓子という発想が、いかにもドイツっぽいではないか。日本では1980年の「コーラアップ」が初のグミ製品で、発売はもちろん明治だ。以来35年、最近ではグミと聞けば石原さとみさんの顔を思い出す。

今回の「変身ぶどう篇」では、石原さんはOL役だ。「これ、辛抱たまらん。けしからん」とエレベーターの中で、果汁グミを口に入れる。すると、ぶどう柄の衣装へと大変身。可愛いのだが、上司には「魔女?」と聞かれてしまう。ムッとしながら、「妖精だわ」(なぜか名古屋弁風アクセント)と言い返す様子がまた笑える。

石原さんといえば、あの魅力的な唇だ。グミじゃなくても吸い寄せられるだろう。しかし、カメラはそんな唇のアップを撮らないし、見せてくれない。この自制心、この寸止め感。いや、だからこそ、また見たくなるのだ。実にけしからん唇であり、けしからんCMである。

●キリン 「ビターズ チューハイ事業部の謀反 妻篇」

今年の夏に放送されたドラマ「民王」(テレビ朝日系)は出色の1本だった。総理大臣(遠藤憲一さん)と、不肖の息子(菅田将暉さん)の心が、突然入れ替わってしまう破天荒な物語。特に、未曾有の状況に陥った総理を演じる遠藤さんから目が離せない。また、ドタバタコメディでありながら、政治や権力への風刺劇になっている点も秀逸だった。

このCMでの遠藤さんはビール事業部長。最近、ライバルのチューハイ事業部が投入した新製品の動向が気になって仕方ない。部下たち(小池栄子さん、濱田岳さん)の調査によれば、「とりあえずビール」の牙城を崩しそうな勢いだという。

さらに色っぽすぎる妻(橋本マナミさん)も愛飲し、「わたし、メロメロ~」などと言い出す始末だ。遠藤部長はあのワニ顔を千変万化させ、驚いたり憤ったりしている。「男の顔は履歴書で、女の顔は請求書」だというではないか。この夫妻にぴったりの言葉だ。チューハイ事業部はもちろん、妻の“謀反”にも負けず、頑張れ!遠藤部長。

●大和ハウス 「ここで、一緒に 嘘篇」

気がつけば、深津絵里さんとリリー・フランキーさんは、もう4年も“夫婦”をしている。いや、もちろんCMの中での話だ。しかし当初は、あんな素敵な家で深津さんと暮らすリリーさんへの悔しい気持ちがあった。ようやく最近になって、良き隣人夫妻として眺められる平常心も生まれてきた。やはり、継続は力である。

リリーさんの仕事といえば、「週刊SPA!」の連載「グラビアン魂」にトドメをさすと思っている。みうらじゅんさんとグラビアアイドルについて語り合う、究極のエロチック対談だ。外では男の本音と妄想を炸裂させているリリーさんが、家では、妻を元気づけようと子猫を飼い始める。しかも本当はお店で買ってきたのに、捨て猫を助けたと嘘までついて。

多分、深津さんは“夫”の「グラビアン魂」的猥雑性を知っている。同時に、少年のごとき純情と自分への愛情も分かっている。そんなオトナの女性なのだ。うーん、またも悔しさが甦ってきた。

●日清食品 「ラ王 食べたい男 クリスマス篇」

「幸福な家庭は似ているが、 不幸な家庭はそれぞれに不幸である」。トルストイの『アンナ・カレーニナ』に出てくる名言だ。そう、不幸な家庭の“あり方”は千差万別である。西島秀俊さんが抱える事情も特殊なものだ。なぜか家では、大好きな「ラ王」を食べさせてもらえない。

西島さんはこれまでも耐えてきた。「明日のお昼はラ王がいいなんて思わないことにしたんだ」と同僚の滝藤賢一さんに告白したり、ウチで食べていけよと勧められても、「最初のラ王は妻のラ王って決めてる」と断ってしまったり・・・。

街がクリスマスで華やいでも、相変わらずラ王が食べられない西島さんは憂鬱だ。タクシーの運転手(西村雅彦さん)まで「クリスマスったって、ラ王にのっけるチャーシューが増えるくらいでね」などと追い打ちをかける。西島さんは生唾ゴクリだ。食べたいのに食べられない男の笑える不幸が、食べたいだけ食べられる私たちの幸福を浮き彫りにする。

・・・こうして並べてみると、選んだものには“物語シリーズ”が多い。短い秒数でありながら、見たもの以上を想像させる“物語喚起力”に優れていたCMばかりだ。

さて、2016年のCMでは、どんな登場人物たちによる、どんなストーリーが展開されるだろう。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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