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NHK『クロ-ズアップ現代』やらせ問題の深層

碓井広義メディア文化評論家

NHKの調査報告書

NHKが、『クロ-ズアップ現代』に関する調査報告書を公表したのは4月28日のことだ。

昨年5月放送の「追跡“出家詐欺”~狙われる宗教法人~」の回に、多重債務者に出家の斡旋を行うブローカーとして登場した男性が、「自分はブローカーではなく、記者の指示で演じた」と告発したことを受けての調査だった。

結論としては、「事実の捏造につながる、いわゆる『やらせ』はなかったものの、裏付けがないままこの男性をブローカーと断定的に伝えたことは適切ではなかった」などとしている。

NHKは番組を担当した記者の停職3カ月をはじめ、その上司や役員などの処分を決定。組織としての幕引きへと向かった格好だ。

「やらせ」は捏造だけではない

番組では、出家詐欺のブローカー(A氏)に接触し、彼の事務所だという部屋でインタビューを行っていた。また、相談に来た多重債務者(B氏)とのやりとりを見せた上で、事務所を出たB氏を追いかけて話を聞いている。

だが、実際にはB氏と記者が旧知の間柄で、A氏はB氏の知り合いだった。事務所もB氏が撮影用に調達したもので、A氏の活動拠点ではなかった。A氏は報告書が出た後も、自身がブローカーであることを否定している。

放送内容と、報告書が明らかにした取材・制作過程を比べると、やらせはなかったという結論は納得できない。なぜなら、やらせは「捏造」だけではないからだ。

実際よりもオーバーに伝える「誇張」。事実を捻じ曲げる「歪曲」。あるものをなかったことにする「削除」。逆に、ないものをあるかのように作り上げる「捏造」。これらはいずれもやらせである。

報告書は、なぜか「捏造」だけをやらせと見なしており、その狭い定義に該当しないことを理由に、「やらせはなかった」と言っているのだ。

「過剰な演出」という言葉

この報告書は全体として、記者とB氏の証言や主張を認め、A氏に対しては懐疑的という立場で一貫している。

その上で、番組での「やらせ」と言われても仕方がない作り方・見せ方を、「過剰な演出」と呼んでいるが、これは一種の言い換えであり、すり替えである。

かつて、テレビ番組のやらせが大問題となったことが何度もあった。1985年、『アフタヌーンショー』(テレビ朝日系)で、制作側が仕込んだ暴行場面が放送された「やらせリンチ事件」。

また92年、『素敵にドキュメント 追跡! OL・女子大生の性24時』(朝日放送系)で、男性モデルと女性スタッフに一般のカップルを演じさせたケース。同年の『NHKスペシャル 奥ヒマラヤ・禁断の王国ムスタン』での「やらせ高山病」シーンなどだ。

その後も2007年に、『発掘!あるある大事典2』(関西テレビ系)で捏造問題が起きている。いずれも番組自体が打ち切りになったり、テレビ局トップの責任が問われたりしてきた。

ましてや、『クロ-ズアップ現代』は、やらせとは無縁であるべき報道番組であり、NHKの看板番組の一つだ。組織のトップにまで責任が及ぶ可能性のある「やらせ」という言葉を、報告書は是が非でも回避したかったのではないか。

ついにBPO審議入り

5月8日、BPOの放送倫理検証委員会は「放送倫理上の問題」を理由に、同番組を審議の対象とすることを決めた。

これにより、NHK自身による調査とその結果が、客観的にみて納得のいかないものであることが明白となった。まずはBPOの的確な判断を評価したい。

現在、BPOの放送倫理検証委員会には、放送や番組制作について十分な見識を持つメンバーが参加している。ドキュメンタリーの優れたつくり手でもある映画監督の是枝裕和氏、新聞記者として長年放送の現場を取材してきた放送評論家の鈴木嘉一氏、そして放送研究で多くの実績がある法政大学社会学部教授の藤田真文氏などだ。

今回の問題は、一人の不心得な記者の暴走にすぎないのか。それとも組織としてなんらかの欠陥が背後にあるのか。BPOの審議と検証が待たれる。

社会的なテーマに取り組み、地道に伝え続けてきた『クロ-ズアップ現代』だからこそ、今回のような番組作りは残念であり、当事者の記者には憤りを覚える。NHKのみならず、放送ジャーナリズム全体に対する信頼性を大きく損なったからだ。

また、それ以上に問題なのは、メディアコントロールを強めている現政権に、放送への介入を許す口実を与えたことである。自らの首を絞めるような愚挙をこれ以上繰り返してはならない。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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