Yahoo!ニュース

最終回目前!「オトナの男」が見ないで終わるにはモッタナイ夏ドラマ

碓井広義メディア文化評論家

ついこの間始まったと思える夏ドラマも、今月いっぱいで終了となります。ヒットしているもの、話題となったもの、その逆に残念なまま終盤に向かうものなど色々ですが、中には、見ないまま終わるのは惜しいドラマもあります。

最終回目前ということで、「オトナの男」が見ないままではモッタナイ、そんな夏ドラマを2本、選んでみました。

テレビ東京「孤独のグルメ」シーズン4

井之頭五郎(松重豊)はオトナの男のためのヒーロー

テレビ東京「孤独のグルメ」が堂々のシーズン4である。個人の輸入雑貨商・井之頭五郎(松重豊)が、商談のために訪れた様々な町で、実在する食べ物屋に入って食事をする。ただそれだけのドラマだがクセになる。

番組名物は食べるシーンにおける松重の“心の声”だ。いわば、松重の「ひとりツイッター(つぶやき)ドラマ」だと言っていい。

たとえば阿佐ヶ谷のハワイ料理店では、枝豆ガーリックを口に入れて、「うーん、悪くない」。手づかみでオックステールにかぶりついて、「おー、これは美味い。超カメハメハだ!」。

スーツにネクタイの中年男が、ワイシャツの腕まくりまでして、真剣に、集中して料理を楽しむ。見た目、食感、味はもちろん、店全体の雰囲気も料理として味わい尽くす。その一部始終が、コワモテ松重の表情の微かな変化と、心の声(つぶやき)とで表現されるのだ。

しかも、語られるのがいわゆる薀蓄じゃないところがいい。「うーん、胃袋がフラダンスを踊っている」なんて言われたら、苦笑いしつつも、ついその店に行って食べてみたくなるではないか。

このドラマ最大の美点は、シリーズを重ねても何ら変わっていないことである。シリーズ化されると、作り手は、つい以前とは違った要素を加えたくなるものだ。

しかしファンはそれを望んでいない。千変万化の時代に、“変わらない場所”があることの安堵と癒し。井之頭五郎(松重豊)は、往年の「007」や「寅さん」と並ぶ、オトナの男のためのヒーローである。

NHKドラマ10「聖女」

女優・広末涼子、“崖っぷちパワー”で起死回生なるか

鈴木京香「セカンドバージン」、木村佳乃「はつ恋」など、これまで女性ドラマに多くの実績をもつ枠、NHKドラマ10。今回は広末涼子主演の「聖女」だ。

高校生だった晴樹(永山絢斗)は、家庭教師の女子大生(広末涼子)に恋をする。勉強にも力が入り、東大に合格。だが、なぜか広末は姿を消していた。9年後、弁護士となった永山は連続殺人事件の容疑者と化した広末と再会する。

果たして彼女は犯人なのか、真相解明はこれからだ。一種のラブ・サスペンスであり、大森美香のオリジナル脚本がいいテンポで見る側を引っ張っていく。いや、それ以上に広末の“妖しさ”と“怪しさ”から目が離せないのだ。

広末が主役を務めると聞いた時、一瞬「大丈夫か?」と思った。昨年の主演ドラマ「スターマン・この星の恋」(フジテレビ系)も、主演映画「桜、ふたたびの加奈子」も、はっきり言って不発だった。それに最近も奇行だの年下俳優との不倫だの、いい噂を聞かない。一種「取扱い注意」のイメージがあった。

しかし、そんな広末の“崖っぷちパワー”が今回は活かされている。ベッドシーンも(夫のキャンドル・ジュンの顔がちらっと浮かぶものの)堂々たるものだし、普段からやや嘘くさい広末の微笑も、このドラマのストーリーでは、むしろ有効だ。

悪女か聖女か。そもそもそれは逆の存在なのか。「信用できますか?私のこと」というドラマの中のセリフも、まるで広末が視聴者に自分のことを問いかけているように聞こえた。女優・広末涼子の起死回生なるか。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事