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2000年代のマウンドに君臨した左腕の「ささやかな」殿堂入り

宇根夏樹ベースボール・ライター
ヨハン・サンタナ October 9, 2004(写真:ロイター/アフロ)

 殿堂入りのセレモニーが行われた6日後、クーパースタウンから約1000マイル西のミネアポリスで、元メジャーリーガーが「殿堂」に入った。8月4日、ミネソタ・ツインズはヨハン・サンタナを球団の殿堂に迎え入れた。

 サンタナが2000年代(2000~09年)に記録した防御率3.12は、このスパンに1500イニング以上を投げた投手のベストだ。2004~08年は5シーズンとも215イニングを上回り、リーグ・ベストの防御率と最多の奪三振が3度ずつ。2004年と2006年は、いずれも満票でサイ・ヤング賞を手にした。2005年と2008年の投票3位も、リーグの左投手では最高位だった。

 絶大な威力を誇るチェンジアップを操り、2008年2月にニューヨーク・メッツへトレードされるまで、サンタナはツインズのエースとしてマウンドに君臨した。トレード時の年齢は28歳。さらに実績を積み上げ、クーパースタウンにたどり着いてもおかしくなかった。

 だが、サンタナは今年度の殿堂選考で10票(2.4%)しか得られず、5%に届かなかったことで、資格2年目以降の投票にかかる権利を失った。

 原因は左肩の故障だ。マイナーリーグで2登板しただけの2011年を経て、翌年はメッツ史上初のノーヒッターを達成したものの、故障が再発。その後、カムバックを何度か試みたが、結局、2012年がラストシーズンとなった。

 もっとも、こういう見方もできる。

 1995年にヒューストン・アストロズと契約してプロ入りする前に、サンタナはアストロズのスカウトによって、外野手から投手に転向させられた。そして、1999年のオフのルール5ドラフトで、フロリダ・マーリンズを経由してツインズへ移籍した。ツインズが全体1位でジャレッド・キャンプ、マーリンズが2位でサンタナを指名し、その日のうちに2人をトレードした。

 外野手のままか、投手に転向しても、ツインズでコーチの指導を受けてチェンジアップを向上させなければ、交換されたキャンプと同じく、メジャーデビューできずにキャリアを終えていたかもしれない。

 そうなれば、現在ツインズにいるアービン・サンタナは、ヨハン・サンタナとして知られていただろう。アービンのファーストネームはヨハンだが、ツインズのエースと間違われるのを避けるため、アナハイム・エンジェルス傘下のマイナーリーグにいた2003年から、アービンと名乗り始めた。2014年のオフにツインズと契約したアービンは、入団会見で名前の由来について「アービン・マジック・ジョンソンが好きなんだ」と説明している。

ベースボール・ライター

うねなつき/Natsuki Une。1968年生まれ。三重県出身。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)専門誌『スラッガー』元編集長。現在はフリーランスのライター。著書『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。

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