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「いつも笑顔で元気な人」が抱えるストレス 感情を抑え込まないで

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
写真はイメージです。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

「いつも元気でさわやか」「いつも笑顔を絶やさない」――そんなふうに言われる人は本当にいつも元気なのでしょうか? 「元気に見える」ことイコール「元気である」と考えるのは問題があります。周りからいつも元気そうに見えることを期待されて負担を感じている人もいるのです。

接客業の方は元気で穏やかでいることが業務上の役割です。看護師などの業務でも同様です。また職業を問わず、元気でなくても無理して元気に振る舞い仕事をするときもあるでしょう。元気そうでないと仕事が減ったり評価が低下したりすることもあります。元気がなさそうで不機嫌な人には仕事を頼みたくないものです。ですから仕事では元気でなくても元気なふりをして過剰適応することになります。これがストレスになるのです。

仕事での我慢、プライベートで解放を

ただ仕事とプライベートが完全に分けられていれば問題は少ないのです。仕事で嫌な思いをしながらがんばって笑顔を作り元気なふりをしても、家に帰って家族に話したり、仕事終わりに同僚と疲れたね、とつらさを分かち合えば気分は楽になります。落ち込んでいても、疲れた顔をしても、受け入れてもらえる場所があればほっとできます。つまりいつも元気でいなくてもいい、本来の自分の感情を表現することができればいいのです。感情を表現して解放すればつらい感情をため込まなくて済み、心の元気を回復できます。

笑顔を24時間要求されるストレス

一方でオンとオフが分けられなくなる場合があります。仕事でもプライベートでも役割を期待される場合です。

看護師をしている40代の女性Aさんは、職場では中心的存在。常に冷静沈着に対処し患者さんからも後輩や医師からも評判が良い方です。いつもぐっとこらえて我慢し笑顔を絶やさないのですが、家に帰っても子ども2人の良い母親をしています。1年ほど前に仕事でつらいことがあった日、帰宅すると頼んでいた買い物を夫が忘れていて食事の支度ができなくなったことから、我慢の限界に達し思わず夫にきつい言葉を浴びせました。すると夫は「お前は白衣の天使だろう。そんなに怒って資格があるのか」と言ったそうです。全くわかってくれない、と愕然としたAさんは以来、夫に自分の気持ちを伝えることはないそうです。Aさんは職場で我慢し、家でもムッとすることがあっても穏やかな母親という役割で過ごしていますが、最近自分の感情がなくなったようだ、と思い心配になっています。

つい最近まで男は外で仕事、女性は家庭を守るという役割分担意識が根強くありました。その影響で家庭での女性の役割は男性より大きいのが現状です。良い親であることに対する女性の心理的負担感は男性と同じではありません。もちろん男性も仕事でストレスがあっても家族に心配をかけたくないという思いで感情を抑える場合があります。しかし、家庭において、男性は収入面で期待される役割が大きい一方、感情表現は比較的自由な場合が多いといえます。

家で口数が減ったり多少不機嫌でも受け入れられる男性に比べ、女性は家庭内で不機嫌だと良い母親ではない、良い妻ではないという評価を受けてしまいます。「お母さんは元気で笑顔でいてほしい」という周囲の期待に応えようとすることで過剰適応状態になる女性もいます。Aさんのように仕事を持ち外でストレスを感じている場合、家でも良い母親の役割を果たし我慢してしまうと感情抑圧が続き感情がなくなったような状態からうつに陥るリスクがあります。

また仕事でもプライベートでも元気と笑顔を期待される職業は多岐にわたっています。メディアに登場する人たちはタレントやキャスター、スポーツ選手などさまざまですが、仕事を終えたプライベートでも気が休まる場所は少ないと思います。買い物しても外食しても常に他人の眼があり、そこで元気がなさそうな様子を見せたり不機嫌な対応をしたりすれば即座にSNSで「嫌な人」などと拡散されかねない時代でもあります。

「役割」から離れた居場所作りを

いつも元気で誰に対しても親切にしたいと思ってはいても、そのゆとりがないことは誰にでもあります。だからいつも元気にしていなくてもいい場所を必ず作っておくことが必要です。また周りから期待される役割から離れて許される自分の居場所を作ることも大事です。自分の感情に気づいたら、無理に抑え込んだり無理に笑顔を作るのではなく、本当の気持ちをきちんと表現することが心の活気を保つ大事な方法です。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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