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能登半島地震いま必要な心のケア

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
能登半島地震(写真:ロイター/アフロ)

1日に発生した能登半島地震は余震が続き、避難生活が長引きそうな中で被災した方のストレスが心配です。不安材料が多く、環境が十分に整わない状況だと思いますがその中で今できることについて考えていきたいと思います。

身体のケアを通して心をケアする

交感神経の緊張をゆるめる鼻呼吸を

頻発する余震のたびに自律神経のうち交感神経は緊張状態になり、身体は「戦うか逃げるか」という反応をします。血圧は上昇し心拍数が増え消化器の活動は抑制されます。この状態が続くと、普段から血圧が高めの方は心筋梗塞や脳血管障害のリスクも高まります。不眠や緊張性の頭痛も起きやすくなります。交感神経の緊張を緩めるには呼吸が決め手になります。呼吸を改善することは、副交感神経を優位にして緊張状態を緩め不安感を軽くしたり血圧上昇を防ぐのに役立ちます。

具体的には、鼻呼吸が有効です。右鼻の上を軽く指で押さえて左の鼻孔から息を吸います。そのあと左の鼻の上を押さえて右の鼻孔から息をゆっくり吐きます。吸う息の長さの倍の長さで息を吐くというのがポイントです。最初は数を3数えながら息を吸い、その倍の6を数えながら息を吐くところからはじめて、少しづつ数を増やし、6数えて息を吸い、12数えて息を吐くくらいまで呼吸を続けるとかなり呼吸が深くなって心拍数が落ち着いてくることがわかると思います。無理にたくさん吸おうとせず自然にできる範囲でゆっくり行うことが大事です。

こうした呼吸法は、東日本大震災のときにも避難所にいる方や支援者の方たちと一緒にやってみて効果がありました。避難しているご家族がいらっしゃる場合は、ご一緒にお試しくださるのもいいと思います。

呼吸を通して身体のケアをすることが、心をケアすることにつながりますので、不安なときや夜寝付けない時などに試してみてください。

ストレッチで身体をのばす

避難生活は限られたスペースの中でプライバシーを保つのがむつかしいことがストレスになります。狭い中でもできるストレッチをして体をのばす時間を作ることが大事です。身体を緩めることはエコノミークラス症候群の予防だけでなく心のケアにもつながります。これも東日本大震災の時ですが、ストレッチのインストラクターの方などに協力してもらい避難所の隅に小さなストレッチスペースを作りペアストレッチなどをしたことがあります。

「自分は大丈夫です」とおっしゃっていた方が、ストレッチした後緊張状態がゆるんで思わず涙ぐんでいたこともあります。ストレス状態が続いて過剰適応で感情を抑え我慢している方も多いはずです。身体をのばすことで心を緩めていただきたいと思います。

ストレスサインと過剰適応に注意

避難生活はつらさや不安を抑圧している状態といえます。ストレス状態が続いていてもそれに気がつかない方も多く、これが心の危機につながります。ストレスサインを見逃さないことが必要です。ご自分もそうですがお子さんや周りの方のサインに気がついてください。いつもイライラしている、些細なことで怒りだす、食欲がない、無口になる、表情がない、などいつもと違うサインがあるときは声掛けをして支援につなげるなどが必要です。

つらいことを声に出して言えない場合や子どものように言葉でつらさを表現することができない場合はストレスがたまりやすい状態です。お子さんの場合は、走ることや遊ぶなどで身体を動かしたり、歌うことなどが心のケアになります。安全な時間や場所を見つけてこうしたケアができればいいと思います。

https://kokoro.mhlw.go.jp/victims/

職員の過剰適応にも

ご自分が被災しながら支援している職員の方も多いと思います。そうした方は自分の感情を抑えて過剰適応しながら支援にあたっていると思われます。過剰適応の一時期は交感神経が優位で頑張れるのですが、継続すると燃え尽きるリスクが大きい

のでストレスサインに気がついていただきたいと思います。

支援者の心のケアにはセルフコンパッションが大事とされています。ご自分たちの心のケアをするために支援者同士で気持ちを分け合い共感しあえる時間が必要でしょう。

内部障がいの方のケア

オストメイトなどの内部障がいを持つ方への配慮も必要です。ストーマ(人工肛門・人工ぼうこう)を装着している方からご相談を受けました。多くの方が避難していて物資が足りない状況の中で自分たちに必要なオストメイト装具などの支援について声をあげるのを遠慮してしまいがちで迷惑をかけたくないなどと思ってしまう、ということでした。

おむつや生理用品を配るときに「ほかにトイレのことでお困りの方がいたらお知らせください」などのアナウンスをしてもらえると声を上げやすいということでした。

参考までに緊急時のストーマ用品供給についてのURLです。

緊急時のストーマ用品供給について~令和6年能登半島地震に被災されたストーマ保有者の皆様へ~ | 一般社団法人 日本創傷・オストミー・失禁管理学会 (jwocm.org)

4種類の支援

支援の方法は大きく4種類あるといわれています。

第1は直接支援です。これは医療や水・食料などの日常生活に必要なものの提供でわかりやすい支援です。

第2は情報支援です。情報支援の中で不足しがちなのは進捗状況の更新でしょう。現在でも孤立している集落があったり、支援物資が届くのが遅れていますが、どうしてなのだろうと思う方も多いでしょう。具体的にどこまで運ばれている、輸送が遅れているがいつまでに届く予定、など進捗状況を情報公開してもらえると不安が軽減されるものです。わからない、ということが不安を募らせるのでできるだけ具体的な情報更新をしてもらえると助かります。

第3は共感支援です。

第4は援助への期待という支援です。自分たちを援助してくれている人たちがいるという気持ちは心理的に大きな希望になるとされています。

東日本大震災の時被災して避難所や仮設住宅で暮らした方のうち周囲の方とのコミュニケーションがいい方は生活満足感が保たれたという調査研究があります。周りの方との関係を保ちながら少しでもストレスから心を守れる支援が必要です。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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