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「負けに不思議の負けなし」から学んでいること。東大が2季ぶりの勝利で連敗を25でストップ

上原伸一ノンフィクションライター
アマチュア野球の「聖地」でもある明治神宮野球場(筆者撮影)

高校までの実績は遠く及ばなくても

現在行われている東京六大学春季リーグ戦。東京大学が法政大学との2回戦(10月8日)に4対2で勝利した(東大が法大に勝ったのは連敗を「64」で止めた、2021年春の2回戦以来)。昨秋の慶應義塾大学1回戦以来の白星であり、連敗を25(1引き分けをはさむ)でストップした。

7安打2失点完投でリーグ戦初勝利をつかんだ松岡由機投手(4年)は、都内指折りの超難関校である駒場東邦高の出身。高校では軟式野球部だった。1年時に関東大会優勝投手になるなど、高校軟式では実績があるが、大学受験の関係でプレーをしていたのは高校2年秋まで。附属中でも軟式野球部で、硬球を握ったのは東大に入ってからだ。

ストレートの最速は146キロも、アベレージは130キロ台半ば。上背も172センチと大学の投手としても小柄な部類に入る。それでも得意球のカットボールや投球術を磨くことで成長。春はリーグ7位の防御率をマークした。ただ、ここまでリーグ戦での自身の勝ち星はなかった。

対戦した法大打線に並んでいるのは、高校時代に名を馳せた「野球エリート」ばかり。高校までの実績という点では、松岡とは大きな差がある。

松岡だけではない。この試合で2安打をはなち、決勝点となる適時打も記録した内田開智(3年、開成)も野球の実績では、法大の選手には遠く及ばない。主将の梅林浩大(4年、静岡)や、三番打者の別府洸太朗(4年、東筑)は甲子園に出場しているものの、東大選手の多くは、野球で勝った経験が少ない。

それでも、東京六大学リーグという場で勝負し、早稲田大学と並ぶリーグ最多タイの46度の優勝を誇る法大に勝った(ちなみに法大は今春、2位である)。

東大が勝つたびに「ニュース」になるのは、それが日常的ではないからだ。痛快さを覚える人もいるだろう。学業でしかその門をくぐれない東大の選手たちが、野球で進路を切り拓いてきた選手ばかりのチームによく勝った、と。

一方で、東大の勝利に大学野球や、アマチュア野球の魅力を感じる人ももいる。真摯に野球に向き合い続ければ、自らの強みを活かしきれば、戦力的には上のチームに勝てる、と。

自分たちの弱みを分析

東大が強みにしている1つが敗戦からの学びだ。勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし、という言葉があるが、学びが多いのは負けた時だと言われる。勝った時は、その理由をさほど追求しないからだ(ビジネスでも好調な時は、なぜ好調か、不調な時ほどには考えないのでは…会議が多くなるのはたいてい、上手くいっていない時だ)。

勉強で勝ってきた東大の選手は、なかなか野球では勝てないなか、おそらく日本で一番、敗戦から学びを続けているチームだろう。なぜ勝てないのか?どうすれば勝てるのか?東大ほど考えているチームはないかもしれない。

走塁に力を入れているのもその表れだ。春のリーグ戦では、チーム打率、チーム防御率ともリーグ最下位だったが、チーム盗塁数はリーグ2位タイの12だった。これは自らの打撃力が弱いと、踏まえてのことである。

例えば、無死1塁の場面。状況にもよるが、一般的には送りバントで走者を進めることが多い。しかし、東大はこのケースでの送りバントはほとんどしない。1死2塁としても、タイムリーが出る確率が極めて低いからだ(春は11試合で15打点。リーグワーストである)。ならば、犠打でアウトを1つ献上するよりも、盗塁で2塁に進めよう、と。考え方はいたってシンプルである。

ただし、東大は盗塁を成功させるために様々なことを行っている。傍目にはかなりアグレッシブに映るスタートも、こうした裏打ちがあるのだ。

現在行われている東京六大学リーグ秋季リーグ戦(筆者撮影)
現在行われている東京六大学リーグ秋季リーグ戦(筆者撮影)

東京六大学では2019年秋のシーズンより、神宮球場に設置されている「トラックマン」を使用できるようになった。トラックマンは、ボールをトラッキング(追跡)し、様々なデータを取得できる弾道測定器である。投球ではリリースポイントの位置、ボールの回転数(回転速度)、ボールの変化の大きさなどを、打撃では打球の速度・角度・飛距離などが計測できるが、東大のアナリストはこれを最大限に活用しているという。

勝てないという現実と向き合いながら、どうすれば、どうしたら、と追及を続けている東大野球部。今秋は残り3試合。自分たちの弱みを受け入れながら、勝利を目指す。

ノンフィクションライター

Shinichi Uehara/1962年東京生まれ。外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのライターになる。これまで活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」、「大学野球」、「高校野球マガジン」などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「現代ビジネス」などに寄稿している。

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