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大卒求人倍率1.88倍の真相 「売り手市場」で片付けてはいけない 就活2020年問題への対策を始めよ

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
私、こんなに笑顔で面接って無理でした。(写真:アフロ)

リクルートワークス研究所の「第35回ワークス大卒求人倍率調査(2019年卒)」が発表された。

http://www.works-i.com/pdf/180426_kyujin.pdf

前年度の1.78倍を0.10ポイント上回る1.88倍だった。7年連続の上昇である。同レポートによると民間企業の求人総数は、前年の75.5万人から81.4万人へと5.9万人増加している。

ただ、この数字を見て「売り手市場だ」と断定するのはやや早計だろう。「1.88倍」「売り手市場」という言葉が独り歩きすることを私は危惧している。むしろ、従業員規模別、業種別の需給ギャップに注目したい。特に従業員規模別の差が顕著になっている。300人未満企業が9.91倍(前年の6.45倍から3.46ポイント上昇)し過去最高になった一方で、5,000人以上では0.37倍(前年の0.39倍から0.02ポイント低下)となっている。メガバンクの採用減などが伝えられるが、金融業は0.21倍(前年の0.19倍から0.02ポイント上昇)と狭き門となっている。

なお、毎年、このデータをめぐっては「学生の大手志向が顕著」などと伝えられる。ただ、この調査は「全国の民間企業の大学生・大学院生に対する採用予定数の調査、および学生の民間企業への就職意向の調査から、大卒者の求人倍率を算出し、新卒採用における求人動向の需給バランスをまとめ」たものであり、あくまで「予測」であり「結果」ではない。

「従業員規模別、業種別の民間企業就職希望者数」に関しては経団連の「指針」にもとづいて採用広報活動が開始されたばかりの2018年3月1日から12日にかけて、リクナビ2019会員より募集したアンケートモニタ大学生 783人、大学院生 347人(大学卒業予定者:調査時3年生対象、大学院修了予定者:調査時1年生対象)に対して行ったものである。簡単に言うと、就活解禁時の意向というものにすぎない。

実際は学生は中堅・中小企業に進んでいる。このあたりの数字の意味は、法政大学キャリアデザイン学部教授であり、「裁量労働制」をめぐるデータの問題についての指摘などでも注目を集めた上西充子先生が『日本労働研究雑誌 2013年4月号』の特集「テーマ別にみた労働統計」にて「学卒者の就労」に関するデータを解説しているので、ご覧頂きたい。

『日本労働研究雑誌 2013年4月号』

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2013/04/index.html

また、このデータについては「アベノミクスの成果」と捉える意見もあるだろう。しかし、同調査で安倍政権になる前の2012年卒時点での民間企業就職希望者は454,900人であり、2019年卒は432,200人だ。これは学生の絶対数ではなく、あくまで民間企業就職希望者であり、時系列で変動を追ってほしいのだが、そもそも「民間企業就職希望者」が「減少」していることにも着目したい。「アベノミクス」の恩恵で「求人」が「増加」した「だけ」の「成果」ではない。

現場の肌感覚の話をしよう。私は勤務先の千葉商科大学国際教養学部で、同学部の学生の進路指導担当をしている。この「求人倍率1.88倍」である一方で従業員規模別の差が強く出ているという傾向は、現場の肌感覚とも合っている。たしかに、中堅・中小企業はフライングして内定を出しているし、中には「一次面接免除チケット」を配る企業も見受けられる。採用に苦戦しているということである。しかし、大手は相変わらず狭き門だと感じる。とはいえ、東証一部上場企業、従業員規模1000名以上の企業に内定する学生も現れ始めているのだが。企業にとっては「売り手市場」であり「採用氷河期」ではあるが、逆に歩留まりが良すぎて内定者が増えすぎてもこまる。ゆえに「内定」「内々定」ではなく「合格」という言い方で学生に伝える企業も現れている。

2019年卒の採用活動が加熱する中、2020年卒に向けた動きも始まっているが、その翌年の2021年卒は就活ビッグバンの年になりそうだ。この代は2020年に就職活動・採用活動を行うことになる。日経のスクープで、経団連は採用活動の「指針」を見直す構えであることが報じられている。就活時期の変化が予想される。それだけでなく、東京五輪の関係で宿泊施設、会議施設、交通機関などが五輪開催期間だけでなく、その前から利用しにくくなり、首都圏の採用活動はこれまでどおりにいかなくなる。「就活2020年問題」だ。全部がそうシフトするわけではないだろうが、現在、模索されているAI×スマートフォンを活用した就活、自由応募ではないスカウト型など、新しい手法の模索が行われるだろう。ICTを使った就活へのシフトの機会になるだろう。

リクルートキャリア、マイナビを始め、就職情報会社の役割も問われる。リクルートの創業者江副浩正は「求人広告は産業広告を変える」という言葉を残した。正確には、次のような言葉だ。

 “これからの社会で求人広告の果たす役割は何か”の問題について、10の項目に整理してみたい。

求人広告は働く人の労働条件を向上させる。

求人広告は産業構造を変える

求人広告は採用コストを低減する

求人広告は人と仕事とのよりよい結びつきを実現し、そのことによって人の生活を豊かにする

求人広告は産業教育を受け持つ

求人広告は働きたい者を増やす

求人広告は企業間競争の有力な武器となる

求人広告は社員のモラール(やる気)を上げる

求人広告は企業の経営理念・社風を創る

求人広告は働く人に自由と安心を保障する

出典:出所:株式会社リクルートホールディングス『かもめ』「江副浩正追悼特集号」

このような「売り手市場」であり従業員規模別、業種別の需給ギャップがある中、「広義」の「雇用の流動化」を促すためにも、就職情報会社は成長産業に人材が移動するような仕掛けを期待したい。

長々と書いてきたが言いたいのは「単純に売り手市場で片付けてはいけない」「変化への準備をせよ」ということである。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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