大学時代、教授から「下ネタ」について厳しく注意されたことがある。普通、下ネタは「セクハラ」的理由で糾されるだろう。しかし、彼は「あなたの下ネタは多様性を理解していない」という点を批判したのだった。自分の視界の狭さが恥ずかしくなり、激しく衝撃を受けた。

学生時代、私と中川淳一郎が所属していた一橋大学世界プロレスリング同盟は、プロレスの実演だけでなくフリーペーパーの発行が活動の柱の一つになっていた(私が立ち上げたものだった)。内容はプロレスの試合の煽り的な内容(中川、常見を自宅で襲撃→学園祭で決着へなど)の他、とにかく「下ネタ」が多かったのだった。そのあたりの話は楠木建先生の『好き嫌いと才能』(東洋経済新報社)や、『ウェブでメシを食うということ』(毎日新聞出版)でも紹介されているのでよろしければご覧頂きたい。若気の至りというやつだった。

世代交代のため、私が編集長を降り、媒体もリニューアルするタイミングでの出来事だった。隠れ愛読者だったというある社会学者が終刊号にコメントを寄せてくれた。彼は学生にとっては厳しい先生として知られていた。同誌を褒めつつもしっかり批判するという学者らしいウィットに富んだ文章だったのだが、この一節が忘れられない。同誌が、下ネタを武器としても、一線を超えていないこと、無難であり危険性がないことを指摘した上で、彼はこう書いている。

しかし、男性を販売対象としたポルノ商品が女性の欲望を決して表現しえないのと同様、本誌には、「見られる女性」は登場したが、「欲望する女性」はついに一度も登場しなかった。「本誌は男性専科だ」というのなら、それもよろしい。だが、本誌には「同性愛」の男性の「まなざし」さえ登場しなかった。これはいったいどうしたことだろうか。これからの下ネタは女性の視点(女性への視点ではなく、女性からの視点である)を排除しては成立しない。ましてや、男性の性も多彩であることを認識できないとしたら、性の商品化の流れからさえ取り残されるであろう。こうした多彩な現実を直視することが、これからの「下ネタ」の進むべき道である。

出典:一橋大学プロレスリング同盟(1996)「廃刊に寄せて」『プロ研スポーツ』1996年2月号,pp12-13

これは、私が一橋大学の学生だった、今から20年前の出来事である。これは、私と中川淳一郎が中心となって発行していた下世話なフリーペーパーへの寄稿ではある。しかし、私が同校の学生だった1993年〜1997年においては、社会学部を始め、いくつかの講義では今でいうLGBT関連のことが取り上げられていた。商学部の講義でも、これからの企業のあり方として、ゲイやレズビアンに配慮した企業の取り組みがベストプラクティスとした取り上げられていた。

その一橋大学で悲しい事件が起きてしまった。

同性愛を暴露され自殺…両親が同級生らを提訴

FacebookやTwitterを覗いても、論者や、同窓生が様々な切り口でコメントしていた。胸が痛かった。

「だから、LGBTへの理解が必要だ」「教育が必要だ」という意見をよく見かけ、私自身も総論では同意するものの、少なくとも20年前から愛や性の多様性について学術的な視点から講義で取り上げられていた大学でもこのような事件が起こってしまったということの根深さに注目するべきだろう。もちろん、この手の講義は全員が履修したわけではないし、今でいうLGBTに関する啓蒙を学生部が行っていたわけでもないのだが。

さらに、この事件に関する報道やその反応を見ていると、LGBTへの理解を示しているようで、していないことがよく分かる。例えばこの件を伝える「同性愛」という表現そのものである。「同性愛」という表現自体が実は雑であり、当事者たちを理解していない表現である。「同性愛」とくくる中でも、そのカタチは多様なのである。そもそも、この言葉自体をメディアが使うということこそが差別意識を象徴していないか(もちろん、いきなり多様な表現をされたところで大衆は理解できないという点はあるだろが)。リクルートマーケティングパートナーズが発行する『ゼクシィ』では、すでに多様なカップルが登場している。説明文なしで、だ。愛のカタチの多様性について理解が進んだ状態とはたとえば、こういうことだ。

大学や、企業でもLGBTに関する取り組みはまだまだ始まったばかりだと言ってよい(このあたりは、グローバル企業は理解が進んでいる方なのだが)。社会は少しずつ動く。この犠牲を無駄にしてはいけないのだ。この事件は社会を動かすと思う。そう信じたい。

書斎にて。ANOHNIの『HOPELESSNESS』を聴きながら。