ドキュメント「エイトメン・アウト」が示す「ブラックソックス事件」の発端

故郷サウスカロライナ州のシューレス・ジョー・ジャクソンの墓(2017年著者撮影)

「ブラックソックス事件」は、ギャンブラーが待遇に不満を持つ選手に付け入ったのではなく、選手がギャンブラーに持ちかけたものだ。それが可能となる程当時のMLBには敗退行為が蔓延していたのだ。

Stay Homeの大型(中型?)連休のため、ぼくも人並みに自宅で読書に費やす時間が増えている。その連休中読書の一冊を紹介する。1919年のワールドシリーズを舞台にした八百長事件「ブラックソックス・スキャンダル」を題材にしたノンフィクション「エイトメン・アウト」だ。通販サイトで数百円で購入した。

宅配サイトで古本を購入した(著者撮影)
宅配サイトで古本を購入した(著者撮影)

この球史有数の不祥事を描いた本は少なくないのだけれど、このエリオット・アジノフの著作はその中での白眉とされている。

実際、選手達の事前の画策やシリーズ中の葛藤、裁判の様子などは「これって、事実をもとにした小説なのでは?」と思いたくなるほど具体的で詳細だ。

その理由は、この本が1963年という今日からすると結構な昔に書かれたことにある(ぼくが読んだ邦訳の出版は1989年)。ということは、取材はその数年前にスタートしているはずであり、その取材時には問題の8人中4人がまだ健在で、その中には主犯のチック・ガンディル一塁手やシリーズの行方にもっとも影響力を持つエースのエディ・シーコットも含まれていた。アジノフがどれだけ彼らに直接取材できたかは明らかではないが、まだ関係者の多くから直接話を聞きことが可能だったはずだ。

また、この本は小説風の記述だが、あまり情緒的にならぬよう淡々と事実を積み重ねる手法を採っているのも良い。したがって、通算打率.356が歴代3位のシューレス・ジョー・ジャクソン外野手を必要以上に悲劇のヒーローとして扱っていない。よく言われることだが、ギャンブラーから現金を受け取ったとはいえ、シリーズで打率.375を記録し、両軍唯一の本塁打も放ち、失策はゼロだった彼が本当に八百長を行ったのか?ということ(多くのファンが一番関心を持つ点でもある)を追求するような不毛なことはしていない。

この事件のハイライトは、疑惑の8人は結局裁判では証拠不十分で無罪を勝ち得ていること、この問題の解決と球界浄化のために初代コミッショナーに迎え入れられたケネソー・マウンテン・ランディス判事は、それでも疑惑の8人全員(その中には、八百長への参加を求められたがそれを拒否しカネを受け取らなかったバック・ウィーバー三塁手も含まれる)を永久追放処分としたことだ。

本書は、彼らが無罪判決を勝ち取る過程に関しては相当詳細に記述しているが、球界からの永久追放処分に関しては、意外なほどサラっとしか触れていない。内容が感傷的になることを避けるという点ではこのことも好感が持てる。

8人中7人がギャンブラーからカネを受け取ったことは事実だが、裁判で問われたのは「実際に意図的に試合を投げたのか」ということで、事実はどうであれ人の意思を客観的に立証することは、推定無罪の原則に立脚する限り法的にはほぼ不可能であることを本書は教えてくれた。

最後に、この本で述べられているとても大事な史実を記しておきたい。

それは、シリーズでの八百長というプランはギャングが選手に持ちかけたものではなく、主犯のガンディルの発案で選手からギャンブラー側に提案された企画だったということだ。

ケビン・コスナー主演の映画「フィールド・オブ・ドリームズ」の原作となったWP・キンセラによる小説「シューレス・ジョー」もそうだが、後年の人々はこの8人を被害者的に捉える視点でこの事件を語りがちだ。もちろん、部分的には同情に値する部分はあるが、だからといって八百長を企てギャンブラーに接近した行為は正当化できない。それ以上にガンディルを中心とする選手達が八百長を持ちかけることができる土壌が球界にはあったということは見落とせず、本件以外にも敗退行為はある程度常態化していたということは間違いない(実際、野球史家の多くはそう指摘している)。

その意味では、MLB機構や野球殿堂がこの事件を語る際に、あたかも突発的に発生した不祥事であり、だからこそそれ関与した者を追放することにより球界の清廉性が保たれたかのように扱うことに強い違和感を感じるのである。