「ジーター満票ならず」は騒ぎ立てる必要なし、「イチロー満票」は無理だと思うし拘る必要もない

2012年途中から14年まで2人は同僚だった。(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

MLB野球殿堂入り投票で、デレク・ジーターが満票を逸したことが現地で議論になった。それを受け日本でも5年後のイチローへの満票への期待が高まっているが、無理だと思うし拘る必要もないと思う。

現地時間1月21日、全米野球記者協会(BBWAA)選出の2020年殿堂入り投票結果が発表され、引退後5年を経て初めて候補者となったデレク・ジーターと逆に今回が10回目で最後のチャンスだったラリー・ウォーカーが、規定の75%の得票率を満たし選出された。

この2人の選出は予想通りだった。しかし、ジーターに関しては、前年のマリアーノ・リベラに次ぐ史上2人目の満票選出の声もあっただけに、1人の記者が彼への票を回避し99.7%に留まったことに注目が集まった。それどころか、「犯人探し」の動きもあるようだ。

しかし、私見を述べさせていただくなら、「熱くなるのもほどほどに」ということだ。得票率の高さは選出された者にとっては重要な要素であることは認める。75%ギリギリより、85%の方が「評価が高い」と胸を張って良いと思うし、90%に達すればもはやスーパーだ。

しかし、満票なるか?ということになると、ひねくれ者?が1〜2名いるかどうかに関わってくるので、過度に一喜一憂するのもいかがなものか、という気もする。

ジーターに票を投じなかった1名がどういうつもりだったのかは、少なくとも現時点では定かではない。単なる不届き者だったのかもしれない。しかし、投票は最大10名までの連記制なので、どうしても11名以上投票したい候補者がいれば、鉄板中の鉄板であるジーターは敢えて外す、という選択はアリだと思う。

また、ジーターは素晴らしい選手だったが満票に値するほどではない、という考え方もなくはない。去年のリベラは、歴代1位の652セーブという積み上げた記録、ポストシーズンでも圧倒的なパフォーマンス(通算防御率0.70)という印象度、その全盛期の長さ等々「救援投手としては」という前提に立てば非のうちどころのないキャリアだった、と言って良いと思う。

一方、ジーターも歴代6位の通算3465安打を誇り、2001年地区シリーズでの伝説的な中継プレー「ザ・フリップ」などの語り継がれるべき名場面も多いなど、紛れもなく偉大なプレーヤーだったが、欠点がなかった訳ではない。

ショートストップとしての守備範囲はメジャーのレギュラークラスの中では下位レベルに位置していたことは、セイバーメトリクスが発展・普及していった2000年代半ば以降は専門家にはよく知られたことだった。画竜点睛を欠くという意味では、リベラ満票&ジーター1票不足、というのは妙に整合性がある。

もっとも、リベラにも危機はあった。「リベラが遂に史上初の満票か?」という関心が高まっていた2018年12月(投票は12月31日に締め切られる)に、ある地方紙の記者が「救援投手は(投球回数が少ないため)殿堂入りには値しない。よってリベラにも投票しない」と記したのだ。この時は全米的なバッシングが起こり、この記者は最終的に翻意した。彼もへそ曲がりだが、すごい同調圧力でありネット社会ならではの現象だった。

まあ、この域になると、候補者の偉大さに対する評価とは別次元の論争だ。だから、ジーターが満票を得られなかったことを残念がるのも、騒ぎ立てるのも、犯人探しも、そこそこ、ほどほどで良いのではないか。

そして、日本では「ジーター満票ならず事件」に便乗?した「将来イチローは満票か」という記事がネット上に散見される。例によって「現地メディアもイチロー満票を支持」という論調が多いが、そういう報道機関は外紙がどうかという以前に自分たちはイチローが満票選出に値すると考えるのか?そうでないのか?その根拠は何か、これを明示して欲しいと思う。

個人的には満票はない、と思う。イチローは間違いなく資格を得た初年度に選出される(これは大変名誉なこととされている)と思うが、打率の割に出塁率が高くないこと、長打に欠けること、などでOPSやWARなどの近年重視されているセイバー指標ではそれほど傑出していない。前述のリベラ満票&ジーター1票不足との整合性でも、そこから若干マイナスだと思う。