物理マニアのバウアーも信奉、米で話題の本『The MVP Machine』で知る科学的育成

バウアーはドローンに熱中し右手を負傷、ポストシーズン登板を棒に振ったことも(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

米で大きな話題となったノンフィクション『The MVP Machine』には、経験則に頼らない科学的アプローチでの選手育成のトレンドが紹介されている。データと理論と物理を駆使すれば大化けもできる。

『The MVP Machine』

今、こんな本を読んでいる。昨年6月アメリカで発売されるや大きな反響を呼んだ『The MVP Machine』だ。データ分析を用いたイノベーションが野球界に浸透しつつある様を描いたノンフィクションだ。

書評や感想エッセイは読了してから書くべきだ。しかし、ぼくの場合は年末休暇から読み始めたのだが、なにせ英文(邦訳は残念ながら発売されていない)だし、本業もそれなりに忙しく、合間を縫って原稿書きもやらなければならないので、まだ半分も読んでいない。しかし、この本には本当に感銘を受けている。あまり記憶力が良い方ではないので、今まで読んだ範囲で「ぜひこれは」というポイントを紹介しておきたい。

野球好きの方なら、20年近く前にアメリカではベストセラーになり、邦訳版も出版され、何よりも映画化された『マネーボール』を覚えているだろう。『The MVP Machine』は、『マネーボール』と対比すると面白い。

この本はタブレットで読んでいる。
この本はタブレットで読んでいる。

『マネーボール』では、「選手は成長しない」

『マネーボール』のエッセンスはデータ重視だ。出塁率のように従来は軽視されていた指標の重要性をいち早く取り入れた貧乏球団アスレチックスのビリー・ビーンGMが、他球団では価値なしとされた二流選手の隠れた特性を評価して、金満球団ヤンキースに伍して戦える強豪チームを編成する様子が描かれている。

チーム内で最も四球をよく選ぶ(出塁率が高い)ジェレミー・ジアンビを、最鈍足にも拘らず打順トップで起用。結果的に接戦の終盤には、彼が出塁すると「トップバッターに代走が起用される」というユニークなケースもあった。

当時のアスレチックスは、他にもスコット・ハッテバーグ、チャド・ブラッドフォードなどの欠点も多いがキラリと光る選手を安くうまく活用したのだが、その根底にある考えは「選手は成長しない」だった。あくまでも各選手の現状を是として受け入れ、彼らをTPOに応じて使い分けたのだ。

「メジャーリーガーは成長しない」というのは、何もアスレチックスだけが持つ考えではない。基本的に「メジャーリーガーはそれぞれが完成品」との思想は割と米球界に浸透しているように思える。このあたりは、日本球界と好対照だ。NPBは、チーム強化は「補強」に依らず(一部の球団は例外だが)「現有勢力の底上げ」として猛練習を選手に強いることを是とする傾向にある。

最新テクノロジーと物理で「化ける」

それに対し、『The MVP Machine』のテーマは「育成」だ。しかもそれは、20歳そこそこの選手たちの伸びしろをしっかり引き出してあげる、ということにとどまらない。一般的にはもう成長は望めないと思われる年齢に達した選手を、ある意味では「化けさせる」ことも意味している。メジャー通算で、1000打数以上で本塁打が1桁でしかなかったジャスティン・ターナーが、30歳を過ぎていきなりシーズン20本塁打以上をマークするようになったのは好例だ。

その背後にあるのは、科学だ。最先端の電子機器を駆使した徹底的なデータ分析であり、運動力学だ。それらを最大限活かしたトレーニングを取り入れ、フォームの改造に取り組むのだ。

そうして一流の座に上り詰めた選手の例として、メジャー随一の物理マニアのトレバー・バウアーが紹介されている。彼はそれまでの球界の常識を覆すトレーニング方法(遠投の多用など)を用いることで変わり者扱いされるのだが、彼は自分が納得したトレーニング方法以外は取り入れないという。自身の課題があり、それを克服するための手段としてロジックがしっかりしていることが前提だと主張する。こんな人材を輩出するなんて、やっぱり米球界は進んでいると思う。

もちろん、これらのイノベーションは浸透中であり、まだマジョリティにはなり得ていない。だからこそ、それを描いた本が話題になるのだ。

未だ「1000本ノックの日本」

翻って日本球界に目を移すと、旧態依然と言わざるを得ない。プロ野球も来月にはキャンプインだ。そこでは、前述の「現有勢力の底上げ」として1000本ノックや、特打、宿舎までの長距離走が行われるが、それらの行為と技量向上の因果関係は甚だ疑問だ。

もっとも、日本でも少しづつ科学的アプローチが芽生えつつある。昨秋のキャンプでソフトバンクは運動力学デベロップメントの総本山であり、『The MVP Machine』でも詳しく取り上げられているプライベートトレーニング施設「ドライブライン・ベースボール」のスタッフを招いてデータ測定と解析を行なっている。

野球も他のスポーツ同様に、確実に変化・進化しつつある。プレーヤーだけでなく、球団育成部門も、評論家も、メディアも貪欲に勉強しなければならない。過去の経験ばかりを振りかざしていては、取り残されてしまう。『The MVP Machine』はそのことを再確認させてくれる名著だと思う。まだ、読み終えていないのだけれど。