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ルール上の解釈、歴史的位置づけ、社会的問題・・・「MLBサイン盗み騒動はこう解釈するのが正しい」

豊浦彰太郎Baseball Writer
わずか2年間で世間のアストロズに対する感情は激変した。(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

MLBでのサイン盗み騒動をどう解釈すべきだろうか。ルール上は何がNGだったのか、歴史的に社会学的にはどうか、今後のベースボールにどう影響を与えるのか、解説してみたい。

このオフを揺るがしたサイン盗み騒動。MLBがアストロズに厳罰を下し、それを受け球団が停職処分対象のフロント責任者(ジェフ・ルーノーGM)と監督(AJ・ヒンチ)を解雇。空気を読んだレッドソックスとメッツが、機構からの処分発表を前にサイン盗みへの関わりが取り沙汰されている自軍監督(アレックス・コーラ、カルロス・ベルトラン)を事実上の解雇処分とした。ロブ・マンフレッド・コミッショナーは、2月中旬のキャンプインを前にスキャンダルに一定のけりをつけ、球春当来ムードを醸成するのに躍起なのだ。レッドソックスもメッツも、「疑惑の渦中の人」は早期に排除し、これから本腰を入れなければならない今季のチケットセールスへの悪影響を極小化したい、というところだろう。

この段階を捉え、この問題の本質を理解するために見落とすことができないポイントを解説してみたい。

禁止されているのは「サイン盗み」そのものではない

本件の報道では、あたかも「サイン盗み」そのものがアストロズやレッドソックスが犯した罪のように報道されているケースも散見されるが、それは違う。処罰の対象となったのは、あくまでカメラやビデオルーム、アップルウォッチなどの電子デバイスを使用したサイン盗みだ。これがルール上の線引きだ。

問題の本質をややこしくしているのは、一方でルールに抵触しなければ何をしても良いのか?という問題もあることだ。それがスポーツマンシップの視点だ。

したがってサイン盗み事象を論じる際には、規定上の解釈、モラルとしての善悪、このふたつの基準に当てはめて考える必要がある。処罰を下すか否かはあくまでルールに照らし合わせ判断すべきで、そこにスポーツマンシップを持ち込んで「もっと厳しい対応を」と主張するのは適切ではない。

今回、MLBがアストロズに下した罰はあくまで電子機器の使用であり、サイン盗みそのものに対してではない。しかし、仮に電子機器を使用しなかったとしたら、われわれファンはサイン盗みを咎めなくても良いのか、というとそれも違うだろう。あくまで、「今何を論点に議論しているのか」ということを見失わないように努めるのが肝要だ。

電子化時代の落とし穴

2008年にホームラン判定にビデオリプレイを導入したMLBは、14年にはボール・ストライク以外の主たる判定に異議を申し立て、ビデオリプレイを要求することを認めるチャレンジシステムをスタートさせた。判定の精度は審判員のスキルのみに依り、それで判別不能な領域は「誤審もゲームの一部」として受け入れることとの決別を表明したのだ。そう遠くない将来、投球の判定もロボ審判に委ねることになるのはほぼ間違いない。電子機器を使ったサイン盗みも、その土壌の延長線上にあると言って良いだろう。逆に言えば、野球においては一切を人間対人間の対峙とし、それを人間が裁く、そんなゲームに敢えて留める選択肢もあったと思う。そうではない道をMLBが選択した以上、今回のようなスキャンダルもいずれは遭遇し克服しなければならない通過点であったのだと思う。

個人主義社会にもあった?同調圧力

17年9月のレッドソックスによるアップルウォッチを使用したサイン盗み事件後に、MLBは電子機器を使用したサイン盗みに対する警告を発している。サイン盗み行為自体は本来禁止されていないが、そこにテクノロジーを用いることに一線を引いたのだ。同年ワールドシリーズでのアストロズ、18年のレッドソックスによるサイン盗みは、そのコミッショナー通達以降に発生している。

サイン盗みは、それを最初に企むのは特定の個人かもしれないが、その実施はいわば「チームプレイ」だ。加担した者の多くは、コミッショナーによる警告を認知していたはずである。一般的に西側文化の中で生きる人々は、日本人的に全体の空気に流され易いということはない、とみなされている。しかし、本件に関しては、選手もクラブハウススタッフも基本的には同調圧力に屈した、と考えざるを得ない。プライドが高く、自己主張が強いと思われがちのメジャーリーガーも、われわれと同じ人間なのだと思い知らされる。

氷山の一角?

アストロズには厳しい処罰が下された。取り敢えず監督の座を下りたコーラやベルトランも遠からず厳罰に処される可能性は高い。しかし、それでも一件落着とはならないだろう。

アストロズとレッドソックスの行為は氷山の一角ではないかと勘繰るのはごく自然なことだ。歴史を紐解いても、球界スキャンダルは全体に蔓延する根の深い問題の象徴であったのがほとんどだからだ。1919年のブラックスソックス事件も、最終的に永久追放処分を受けた8人による突発的な八百長行為ではなく、当時の球界に巣くうギャングとの繋がりや八百長行為が顕在化したものだ。90年代以降の薬物汚染も同様だろう。マーク・マグワイアやアレックス・ロドリゲスらの背後には無数のステロイドボーイズがいたわけで、それらは80年代のコカイン蔓延やそれ以前からのアンフェタミン使用とも繋がっている。

今回も、アストロズやレッドソックスだけが良からぬ行為に及んだと考えるのは無理がある。そもそも、サイン盗みはその起源は19世紀まで遡る根の深い問題だ。

疑惑は永遠に晴れない

この2球団以外にも悪事を働いた球団がいた可能性は排除できないが、証拠はない。法廷では推定無罪の原則があるが、スポーツの世界は違う。罪を犯したことは証明できても、何もなかったことは誰にも証明できない以上、結局ファンの心理に残るのは、「あの球団もやっていたのかもしれない」という疑念だけだ。これは薬物使用に関しても同様だった。ある選手がいきなり好成績を残すと、「ひょっとして・・・」という思いは拭えなかった。目の前で繰り広げられる素晴らしいパフォーマンスを純粋に受け入れることができなくなる。これが、この手のスキャンダルの球界への最大の罪だと思う。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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