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「トミー・ジョン手術」の元祖、殿堂入りなるか

豊浦彰太郎Baseball Writer
野球殿堂 豊浦彰太郎撮影

2020年の米野球殿堂入り時代委員会選出の投票結果が、現地時間12月8日に発表される。候補者の中には、あの腱移植手術に名を残すトミー・ジョンの名もある。今度こそ選出されるだろうか。

殿堂入りには、元選手のみを対象とする全米野球記者協会(BBWAA)選出と、BBWAA経由で資格を失った元選手に加え元監督や経営者などもカバーする時代委員会(Eras Committees)選出がある。後者のルートでの選出に関して個人的に最も注目しているのは、元MLB選手組合専務理事のマービン・ミラーの動向だが、それと同じくらい重視しているのが、あの腱移植手術に名を残すトミー・ジョンが今度こそ選出されるかどうかだ。

「トミー・ジョン手術」の元祖

通称「トミー・ジョン手術」に関してはもう説明は不要だろう。エンジェルスの大谷翔平が来季はこのリハビリからの復帰を目指しているし、ダルビッシュ有や松坂大輔もこの手術を経験している。

この手術の普及により、どれだけの投手が選手寿命を長らえることができただろうか。しかし、1974年にジョンがフランク・ジョーブ医師の執刀によりこの手術を受けることを決意した時点では前例がなく、いわば成功率0%だった。ジョンはその1年後には早くもマイナーリーグで復帰に向けた登板を開始したが、当時は正しいリハビリ方法も確立されておらず、全てが手探りだった。

ジョンが左ひじの靭帯を損傷したのはドジャース所属の1974年7月のこと。その時点で彼は13勝でリーグ最多勝だったが、基本的には先発ローテ2〜3番手の存在で少なくとも絶対的なエースではなかった。

手術が無事成功しメジャーに復帰した1976年は10勝を挙げカムバック賞に輝いた。そして翌1977年には20勝をマークするに至った。ぼくが、彼の存在を知ったのはこの頃だ。

術後に積み上げた164勝

当時、ジョンを紹介する際にメディアが良く用いた表現に「トミー・ジョンは野球殿堂入りすることはないだろうが、彼の左ひじは医学の殿堂に入るべきだ」というものがあった。彼は好投手だが、球史に名を残すほどの偉大な存在ではないこと、一方でトミー・ジョン手術は野球界の枠を超え医学の分野でも画期的な治療法であったことを、表しているのだ。

しかし、本来「中の上」だったジョンはその後も着実に勝ち星を積み上げていった。手術から復帰した時点ですでに33歳であったのに、術後は164勝をあげている。これは故障前の124勝を大きく上回る。これは驚くなかれ46歳まで現役だったことが大きく寄与している。しかも、引退を拒んだ現役ではない。引退の前年となる1988年には45歳で開幕投手を務めている。最後の2ケタ勝利はその前年で13勝を挙げている。

288勝でも殿堂入りに不十分?

結局、通算成績は288勝(231敗)で、これは歴代26位だ。彼より勝利数が多くかつ殿堂入りしていないのは、354勝で9位のロジャー・クレメンスと297勝で25位のボビー・マシューズだけだ。クレメンスはご存知のとおり薬物疑惑がネックになっている(それでも、そろそろ選出されるかもしれない)。マシューズはルールが異なる19世紀の選手だ。

ジョンは、BBWAA経由でも資格を有した15年間(1995〜2009年)はほぼ20%台の低空飛行だった。「敗者復活戦」とも言える時代委員会ルートでも、2014年と2018年に候補者に挙げられるも選出に至らなかった。この意外なまでの評価の低さは、積み上げた成績は立派だが、最後まで投手三冠部門でリーグ1位になったことがなく、MVPやサイ・ヤング受賞などのハイライトとなるシーズンがなかったことが理由に挙げられている。しかし、ほぼ同時代に活躍し同じく突出したシーズンがなかったバート・ブライレブンは287勝で殿堂入りしている。

個人的に不思議なのは、31歳でひじを壊したジョンが術後46歳まで同様な故障を経験することなく現役を長らえたことだ。制球力で勝負する軟投型であったのが幸いしたのかもしれないが、それは手術前も同じことだ。

ジョンはすでに76歳になった。何とか今回は朗報が届いて欲しいと思っている。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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