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P→D→C→A、計画通りに低迷し、計画通りにワールドシリーズ進出を掴んだアストロズ

豊浦彰太郎Baseball Writer
アストロズの成功はビジネスのお手本でもある(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

ヒューストン・アストロズがワールドシリーズ進出を決めた。この球団のサクセスストーリーは中期計画を立て実行するという、ビジネスのお手絵本のようだった。

メジャーリーグファンの間では良く知られたことだが、2014年に『スポーツ・イラストレイテッド』はアストロズを「2017年のワールドチャンピオン」と予想した。そうなるにはまだ大きな関門が控えているのだけれど、スポイラの眼力は確かだったと言えるだろう。ちなみにアストロズは、その前年まで3年連続で100敗以上を喫し地区最下位だったし、その14年も92敗で4位(5球団中)だった。

なのに、なぜスポイラは3年後には世界一と予想したのか?それは同球団が計画的な再建途上にあったからに他ならない。11年オフにGMに就任したジェフ・ルーノーは、同球団が単に低迷しているだけではなくマイナー組織に有望株が枯渇していることを問題視。徹底的に主力選手を放出し、その交換相手に前途有望な若いマイナーリーガーを獲得して行った。決して財力に恵まれている訳ではない同球団が継続的に優勝争いに加われるようにするには、FA権取得前の若手中心のチーム作りが必須と考えたのだ。その結果、一時は「これがメジャーリーグか?」というほど一般には馴染みのない若い選手ばかりになり、予想通り低迷は続いた。しかし、その方針は徐々に実を結び、15年にはワイルドカードでポストシーズンに進出した。

そして昨年のオフ。アストロズはついに勝負に出た。ホゼ・アルトゥーベ、カルロス・コレア、ジョージ・スプリンガーらの看板の若いスターが溢れるロースターに、カルロス・ベルトラン、ブライアン・マッキャン、ジョシュ・レディックらのベテランを加えたのだ。これでもはやアストロズは若い球団ではなくなった。しかも、彼ら3人のうち、ベルトランは1年契約、マッキャンは契約残が18年までだ。要するに今季に賭けたのだ。そんな同球団を、開幕前には多くの専門メディアが地区優勝の最右翼に挙げた(プレーオフで勝ち進めるかどうかは、ある意味では運である)。アストロズは計画通りに低迷し、その間計画通りに将来のスターを獲得・育成し、計画通りにワールドシリーズ進出を掴んだのだ。絵にかいたような中期計画の実践、これは正にルーノーGMの手柄だ。

しかし、ぼくは彼のプランナーとしての分析力や立案力には敬意を表しつつも、ビジネスマンとしてはもっと重要なコミュニケーション力や人を惹きつける魅力といったいわばソフトスキルには疑問を持っていた。考えるのは得意だけれど、実行するのは苦手じゃないの?ということだ。かつて在籍していたカージナルスの部下から大事な情報をハッキングで盗み取られるといった失態もあったし、その原因には私怨があったと言われていたからだ。脇は甘いし、人徳はどうよ?という訳だ。

近年のメジャーリーグでは、覇権を掴むには単に開幕時点で充実した戦力を揃えるだけでなく、夏のトレード期限前にポストシーズンの望みが薄くなった球団から即戦力を獲得し、その時点での弱点を補強する(これをフラッグディールと呼ぶ)ことが必須だ。ぼくは、開幕前に某MLB専門誌の企画で「ルーノーが賢いことは認めるが、フラッグディールで他球団の海千山千のGM達と互角以上にわたり合うほどの交渉術やしたたかさを備えているかどうかは疑問」と記した。

実際、7月末のウェイバーを経由しないトレード期限前では、ヤンキースやドジャースなどが「これでもか」というほどの補強を進める中、お茶を濁す程度のトレードしか行わず、エースのダラス・カイケルあたりが失望の声を上げる一幕もあった。

しかし、ルーノーには彼なりの算段があったのだろう。地区優勝は確実だった8月末にタイガースからかつてのMVP&サイ・ヤング同時受賞者のジャスティン・バーランダーを獲得した。これは、プレーオフに進出するためではなく、そこで勝ち進むための補強だった。そして、バーランダーなくしては最終戦までもつれたヤンキースとのア・リーグ・チャンピオンシップシリーズを制することはできなかったであろうことは言うまでもない。

やっぱり、ルーノーはPlan→Do→Check→Actionを忘れていなかったのだ。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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